あなたの色に染められて
第20章 点と線
『実は昨日 璃子ちゃんこの店に来たんだ。』
……昨日。
『アメリカに行くんだって?』
『……。』
『……新しい彼と。』
『……あぁ。』
あの日 ホテルで会った あの医者とって 美紀ちゃんが言ってたな。
でもどうしてここに…
『少し話をして 俺にひとつわがままを言って帰ったよ。』
わがまま……
夏樹さんは立ち上がり キッチンへ姿を消す。
不思議だった。今日は頭が痛くない。
しばらくして 夏樹さんはコーヒーの香りとともに現れた。
俺の前にこの店自慢のドルチェ。
『……アフォガード』
『そう。…京介が来たら私の思いと一緒に出してくれって。』
バニラジェラードの上にエスプレッソをかけたこの店の一番人気。
それは璃子ちゃんの言う“恋の味”
『幸せでした ってさ。』
甘い香りとコーヒーの香り …そして璃子ちゃんの言葉が 俺の閉ざされた心に小さな穴を開けはじめた
『私を好きになってくれてありがとうって。』
エスプレッソの熱で徐々に溶け出すジェラード
紡がれた言葉にのって 俺の心に少しずつ光を差し込みはじめる
『大切にしてくれてありがとうって。』
エスプレッソが真っ白なジェラードを包み込んで お互いをゆっくりと染めていく
その光は あの記憶を失った日から 俺が一番求めていたぬくもりという名の光で
『本当は私のこと…思い出してほしかったって。』
あれだけ思い出せなかったのに…
“”甘いジェラートが私で ほろ苦いエスプレッソが京介さん……私たちみたいだね“”
そう言って 微笑む 誰よりも愛しい人。
『…璃子ちゃん…今日 旅立ったよ。』
……。
『誕生日プレゼントのお返しだって。』
誕生日……
『アフォガードもらったからって。』
……あの日。
『……3月…14日。』
……俺のスマホのロック解除ナンバー
『……璃子…』
なによりも愛しくて俺の心を掴んで離さなかったあの温もり。
“璃子は俺のモノ……俺だけのモノ……”
『…クソ…ッ……バカじゃねぇの』
……旅立った日に思い出すなんて
スマホの写真が点となり その点と点を結んだら きっとそれは 二人を繋ぐ線になるって思ったのに…
やっぱりあの小説と同じ。
点と線は交わることはなかったんだ。