あなたの色に染められて
第30章 大切な人
『…あ~ぁ…やっぱり一度おうちに帰ればよかったな…』
…でたよ…璃子は毎回そう言って口を尖らせる。
『そのままで十分。』
淡いピンク色のふわりとしたワンピースは色の白い璃子によく似合っているのに
『…だってはじめてご挨拶するのに…』
助手席に座り何度も溜め息を付く璃子。
俺んちの近所で少しばかり有名なヨーグルトジェラードを手土産に買って準備万端じゃなかったんだっけ?
『…親父もお袋もおまえに会いたいんだよ。洋服に会いたい訳じゃないだろ…』
『…はぁ…緊張する…』
繋いだ手はさっきから落ち着かないようでブラブラさせたり俺の指を擦ってみたり
『…大丈夫…俺が選んだ女だろ。』
なんて いつものように吹っ掛けても
『…はぁ…』
まるで効き目がないようで…
『…なんでも券なんて作らなきゃよかった…』
こんなことまで言い始める始末…
『…そろそろ着くぞ…』
『…あ~…心臓出ちゃうかも…』
俺のマンションから東京の田舎の方へと1時間ほど車を走らせて 鮮やかな新緑が増えてくると 川沿いの桜並木を曲がった場所に俺ん家はある。
『はい到着。』
『…え…なんで?…酒屋さんだって…』
『…酒屋だろ…』
固まって動けない助手席のお姫様のドアを開けると
『…造り酒屋じゃないですか…』
大きな溜め息をついた。
*****
大きな門をくぐり抜け京介さんが車を停めた場所はいくつもの蔵が並ぶ駐車場で
「俺んち酒屋だから」
朝聞いた時に確かにそう言っていた。でも 酒屋は酒屋でも商店街の酒屋じゃなくて
『…造り酒屋じゃないですか…』
心臓が飛び出しそうなほど緊張していたのに その心臓も緊張して飛び出せなくなってしまうほどで
『…変わんねぇだろ…』
360度白い蔵に囲まれたこの場所。庭の手入れだって隅々まで行き届いてる。
『…はぁ…』
きっと創業百何十年…十何代目当主…なんてそんな歴史を肌でバンバン感じてしまうほどで
『…行くぞ…』
掴まれた手を握り返すことも出来ないほど頭がパニックになってる私。
『…京介さん…』
『俺んちはこの裏。歩きながら説明すっから。』
…はぁ…こりゃ大変だ…
…やっぱり一度おうちに帰ればよかった…