あなたの色に染められて
第31章 分岐点
『次男坊の京介です。まだ修行の身でご迷惑お掛けしますがビシビシと指導してやってください。』
『森田京介です。よろしくお願いいたします。』
『社長も幸せだね。息子さんが二人で盛り上げてくれるなんて。』
酒蔵の仕事をはじめて3ヶ月。いまだに続く取引先への挨拶回り。
子供の頃は知らなかった酒作りの裏側。酒蔵を切り盛りするのにたくさんの人達が動いて一本の酒が生まれていく。
うちは小さな酒蔵だから出荷数が限られていて全国に出回ることはあまりない。
でも 日本酒好きの間ではちょっと有名で“浄瑠璃”という名の大吟醸はSNSで拡散されて ネットでプレミアが付くなんて話も耳に入っていた。
そんなこんなで今年からその酒の出荷数をギリギリまで増やすことになったうちの蔵。
その分 取引先への根回しも増えていた。
『京介くん。早く一人前になって社長を助けないとな。』
『…はい。努力しますので今後ともよろしくお願いします。』
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兄貴と二人で守っていこうと決めたこの酒蔵。
まだまだ半人前な俺だけど 酒蔵のため 春に帰ってくる璃子のためにと勉強する毎日。
『お疲れ。京介くん。』
『オバチャン。お疲れさま。』
缶コーヒーを片手に売店のオバチャンと中庭で過ごす夕暮れ時。
『今日はまた一段と綺麗な夕焼けだねぇ。』
『…ですね。』
天気がいい日に中庭でオバチャンと夕焼けを見るのが何となくの日課だった。
『やっと涼しくなってきたね。』
『もう9月も終わりだもんな…。』
他愛もない会話をしながら夕陽を眺める。いつからかこの柔らかいオレンジ色の光が心地よくなっていた。
『だいぶ板に付いてきたみたいね。頑張ってるって私のところまで耳に入るわよ。』
『まだまだだよ。半人前もいいところ。』
ビルの谷間から夕陽を眺める璃子と山に沈んでいく大きな夕陽を眺める俺。
『この分だと彼女が帰ってくる春までには一人前になってるわよ。』
『だといいんだけど…。』
ニューヨークは午前3時。
…璃子も頑張ってるんだよな…
ロスから3時間 時差は短くなったけどまだまだ遠いアメリカの地。
早く一人前にならないと…璃子に笑われるからな…
飲み干した缶コーヒーを捨てながらオバチャンに手を振り事務所に戻る。
…よし。あと少し 気合い入れてパソコンに向かいますか。