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あなたの色に染められて

第32章 幸せのおすそわけ


『…おまえが記憶をなくしてたときの璃子ちゃんの心情…あんまり知らないだろ。』

考えてみればあの当時の璃子が何を思って俺を待っていてくれたのか 誰からも聞いたことはなかった。

『一度さ 酔っぱらって俺たちの前で泣き出したことがあったんだよ。』

『…璃子が…?』

『そうそう あれはビックリしましたよね。』

俺の前で泣くことはあっても この面子の前で泣くなんて。

『直也と美紀ちゃんがくだらないことで喧嘩し出してさ。それを見てた璃子ちゃんが急にボロボロ涙を流しはじめて。俺たちみんな慌てた慌てた。』

『そうそう 直也たちも喧嘩どころじゃなくなって。』

俺はもちろんその席にはいなかった。たぶんだけど コイツらと馬が合わない遥香といたんだと思う。

『そしたらな「普通でよかったのに」って。』

『普通?』

『そう。…普通…。』

『おまえ璃子ちゃんのはじめての彼氏なんだろ?あの娘が夢見てたのって 直也たちみたいに喧嘩したり笑いあったり…特別じゃない「普通の恋」なんだよ。』

…普通の恋…。

『遥香に邪魔されたり 彼氏が記憶喪失になったり…。普通じゃねぇだろ。』

何も言わない璃子の笑顔に俺は甘えてたんだ。

『そんときさ「このまま思い出してくれなかったらどうしよう。」って「こんなに好きになっちゃったのに。」って。それまで気丈に振る舞ってたのに弱音吐いたんだよ。』

いつのまにか強くなってた璃子。あんなに弱いのに強くならざるお得なかったんだ。

『ずっと苦しかったんだろうね。ひとりで抱えてさ。』

『…普通ってさ 実はすごく難しいんだよな。でもさ ここから先は璃子ちゃんに「普通の恋」をさせてやってよ。』

当たり前のこと。たぶんそれが普通なんだと思う。

旅行だってイヴに二人で過ごすのだってこんなに長くいるのに俺たちには初めてで。

『京介…。璃子ちゃんのこと幸せにしてやれよ。おまえしか出来ないんだからさ。』

『そうだよ。あの娘の笑顔守ってやれ。』

特別じゃなくて…

…普通の恋…


最後の扉は何処にでもある普通の扉で気にも留めなかった扉。

俺たちの幸せはその扉の向こうにある。

『俺 泣かせたら力ずくでも奪っちゃうよ?』

『…バーカ。佑樹にも誰にもやらねぇよ。』

明日の旅行で璃子に何か出来たら…。

未熟な俺に出来ること…明日までの宿題だな…。

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