あなたの色に染められて
第35章 幸せのタネ
『ほら パスポートだせって。』
『うるさいなぁ。今出しますぅ。』
何度も利用して何度も手順をふんでいるはずなのに空港内で璃子はいつも何かしらに躓く。
『おまえそんなんで大丈夫か?』
『大丈夫です。』
今までのご褒美と称してイタリアの小さな学会に出席したあと 二人で乗った最後の飛行機。
小さな口を開けて眠る璃子の顔をもう二度と見ることはないんだって。
気付かれないように頬をそっと撫でながら感触を確かめた。
どんなことでも手を抜くことなく俺のためにと必死で働いてくれた2年半。
璃子が居なかったら俺は今の地位にはいない。かけがえのない唯一無二の存在だった。
『ほらよ。』
ターンテーブルの荷物をいつものように取ってやると 満面の笑みで
『ありがと。』
きっと 酒蔵の御曹司もこの笑顔にやられたんだと思うほどのとびきりのこの笑顔。
『向こうに帰ってもマリアと仲良くしてね。』
『無理。』
『そんなこと言わないでよぉ。』
本当に飽きることのない年月だった。
***
『あっ!京介さん!』
ゲートの向こうで優しく微笑みながら手を挙げるイケメン。俺が敵わなかった御曹司。
昨日はあんなに泣いてたのに 随分と簡単な俺たちの別れだなって。
だって おまえはドラマのワンシーンのように彼の胸に飛び込んで その無敵の微笑みを彼に向けて。
戸惑う御曹司も俺の顔を見ながら抱き止めて。
あれだけ泣かされたのに二人にはそれが反って絆となってたんだな。
『…川野さん。』
『お久しぶりですね。森田さん。』
抱きつく璃子を離して俺の前に立ち
『璃子が世話になりました。』
頭を深々と下げる。
『いや…ずっと引き留めて悪かったね。遅くなったけどキミに返すから。』
俺のモノにやっとなったと思ったのにやっぱり赤い糸には敵わなくって
『…たっちゃん。ご飯ちゃんと食べてね。夜も机じゃなくてベッドでちゃんと寝るんだよ。それと…。』
『わかったよ。おまえこそ幸せにしてもらえよ。』
『うん!』
これから先は遠い空からおまえを応援するだけだって
『…じゃ。頼んだよ。』
俺の想いを御曹司に託して
『もう手放したりしませんから。』
惚れた女が一緒なら俺たち意外にいい友達になれたんだろうな。
一人寂しく日本の空を見上げた まだ寒さの残る3月のはじめだった。