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あなたの色に染められて

第35章 幸せのタネ


『 高円寺璃子です。よろしくお願いします。』

朝から璃子は親父と兄貴に連れられて各部署に挨拶回りをしていた。

『璃子ちゃんには海外向けの対応を中心でやってもらう予定だから 色々と教えてあげて。』

『よろしくお願いします!』

ありきたりなデザインの制服に身を包み この森田酒造の一員となった璃子。

家族とゆっくり旅行にでも行って4月のはじめから働けばいいものを

「せっかく誘っていただいたんだから。」

なんて 帰国から一週間後の今日からメモ帳とボールペン片手に働き出していた。

『心配そうですね?』

『…別に。』

ほとんどの人たちが俺たちの関係を知っていて

『またぁ。さっきから手が止まってますよ。』

『あ…。』

俺のことも快く受け入れてくれたアットホームなこの職場。

ずっと離れていた俺たちが同じ空間にいることがなんだかとっても擽ったくて

『ただいま戻りました。』

『お疲れさま。全部回ってきた?』

『はい。緊張したぁ。』

早速仲良くなった隣の席の子とコソコソと会話して

『お昼 一緒に食べない?』

『うん!食べよ。』

璃子が笑ってる。たったそれだけのことがすげぇ嬉しかった。


『京介 ちょっと蕎麦屋の打合せしたいんだけど。』

『了解。』

『あっ。璃子ちゃんもメニュー見てもらっていいかな?』

『あ…。はい!』

事務所の隅の応接室で並んで腰かけて

『この英語表記で間違ってないかな?』

『いいと思います。…っていうか良くできてます。誰が作ったんですか?』

『フフッ…頑張り屋さんの京介くん。』

『…ウソ…』

『こいつね 璃子ちゃんに内緒で英会話やらなんやら習いに行ってたから。』

何も言わず海外担当を引き受けてくれたんだ。だから少しは役に立てたらって

『竜兄うるせぇよ。』

っていうか…。他のヤツが璃子のサポートすることになっても困るし。

『ありがとうございます。』

『いや…まだ 少しだよ。全然使えねぇから。』


…普通の恋がしたい…

俺が記憶をなくしたときにそう本音を漏らしたんだよな。

これからは求めればすぐ手に届く距離にいて 心を満たしてくれる笑顔にも寄り添えて。

離れていた時間が長かった分 少しずつだけど俺らのペースで歩んでいきたい。

たったそれだけ。

きっとそれが 普通の恋。

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