あなたの色に染められて
第42章 epilogue
『待って…。』
京介さんは私の首筋に顔を埋めると唇をそっと押し当てた。
その感触が私の心の何かを思い出させる。
『お願い…待って?』
『どうした?』
いつもの彼ならこんな風に手を止めてくれただろうか
『あのね…。』
『ん?』
『…ドキドキする。』
京介さんはクスッと笑って首を傾げる。
『…はじめての時みたいにドキドキするの。』
京介さんが私の胸に耳を押し当てると
『…ホントだ。』
改まって初夜なんて言うからかな…。それとも覆い被さる京介さんの瞳がいつもより優しく微笑むからかな。
『なんか…緊張しちゃう。』
変だよね…何度も肌を重ねてきたのに。
鼓動を抑えるように胸に手を置くと 京介さんは私の横に肘をついて寝そべった。
『前から聞いてみたいと思ってたんだけど。』
京介さんの長い指が私の細い指をそっと撫でる。
『俺のどこに惚れたの?』
たぶん 私の緊張を解きほぐそうとしてくれてるのかな。
『教えてよ?』
イタズラに笑って私の瞳を覗き込むその笑顔が なんだかとても愛らしくて
『いっぱいありますよ?』
私も横を向いて京介さんと向かい合って
『あのね。』
彼の奥さんになってはじめて肌を重ねる夜だから 今日ならその想いを伝えてもいいかな…なんて。
『私の名前を呼ぶときの声が好き。』
『声?』
『うん。球場で「璃子ー!」って大きな声で呼ばれるときの声。それと朝の掠れた声も好き。』
『へー。声ねぇ。』
『それとね…。』
まだまだ たくさんあるよ。
…全部知りたい?
『ご飯をいっぱい食べてくれるとこ。』
『それはおまえの飯が旨いからだろ。』
『ありがと…。あとねぇ。』
『まだある?』
そう…。まだまだたくさんあるよ。
引き寄せてくれる逞しい腕も 安心できる胸板も 追いかけて行きたい広い背中も…。
『この手が好きなのは知ってるでしょ?…あっ…寝顔も好き。ヤキモチ妬いて拗ねるとこも…。意地悪されるのもちょっと好きかな。あとは…。』
『もういいよ。』
緊張をほぐすように包み込んでいてくれた大きな手が頬に添えられると
『もうひとつ…。』
『もうひとつ?』
起き上がり私に覆い被さる京介さん。
私は腕を伸ばして彼の首に巻き付けて
はじまりの合図になるかな…。
『私のすべてを射抜く…その瞳が好き。』