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僕が僕を殺した理由

第2章 。

 




飲み屋街の一角に、スナック『Heaven』は存在した。

それは雑居ビルの三階に位置し、ワンフロアーを七つに区切った一番奥の一室にあった。店の入口にはピンク色に光るネオン管で形作られたHeavenの文字が、その存在を静かに主張している。土曜日という事もあってか店内は賑わいを見せ、分厚い扉を開けると男達の笑い声と、スタッフだと思われる女達の喋り声が直ぐに鼓膜を振動させた。

 禿げ上がりかけた額を持つ中年男性はマイクを握り締め、二昔も前の流行歌を瞼を閉じ熱唱していた。その姿は自分の歌声に酔っているようにも見えたが、その歌唱力は最悪で、リズムにも乗りきれず常にワンテンポは遅れている。しかも自己流で歌おうとするためか違和感があり、その歌を聴くもの全ての人間に不快感を残していく。と言っても今宵の宴に熱を帯始めたこの空間で、その歌に耳を傾けている者など誰一人としていないだろう。

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