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煩悩ラプソディ

第18章 その男、無自覚につき。/AN




「相葉さーん、ビールちょーだい」


風呂から上がりリビングに入るなり。
ソファにあぐらをかいてゲームに興じるにのに、間延びした声でそう呼び掛けられ。


「あとなんかつまめるやつー」

「へいへい」


キッチンで乾き物を適当に取り、ビールを二つ持ってソファへ向かう。


隣に座り缶を開けてテーブルに置いてやると。
"ありがとございまーす"と視線をこちらに向けずビールに手を伸ばした。


昼間の渡部さんの言葉が何となくまだ引っかかっている。


やっぱり、にのを可愛いと思ってる人たちが他にもいるんだ。


ちらっと横目でにのを見る。


丸まった背中、洗いたての無造作な髪、よれたスウェット。
目の前のコイツはどこからどう見てもトップアイドルとは程遠い。


なのに。
その集中すると尖る唇とか、子どもみたいにまん丸な手とか、触ると気持ちいいほっぺとか…


そんなにのの可愛いとこ、全部気付かれてるってこと?


「相葉さん、」


背凭れに肘をついてジッとにのを見つめていると、小さく俺を呼んで口をあーんと開けた。


あー、はいはい。


相変わらずテレビ画面を見ながら待つにのの口にするめいかを差し出す。


あ、そうだ。


「にの、こっち向いて」

「ん?」


するめいかを半分食べさせたまま呼び掛ければ、顔だけこっちに向けたにのと目が合う。


うわ…これか。
これはダメだ、絶対。


もぐもぐしたまま俺の様子を窺うその目は、かかった前髪の間でやけに潤んで見えて。


「ん?」

「いや…お前さ、そんな顔よそでしたらダメだよ」

「なに、どんな顔よ」

「その顔だよ」


その"わからない"って感じで目を上げて口尖らせながら言う顔もさ。


「ふふっ、なんでよ」


そうやって笑いながら横目で見上げてくるその顔も。


「ダメ。ぜんぶ俺のだから」


ビールを置いて横からぎゅっと抱き締めれば、文句を言いながらも声は嬉しそうで。


「…そっちこそ気をつけなさいよ。
そのだらしない顔」


照れ隠しに見上げながら悪態ついてくるけど。
…こんな顔、にのにしかしないの知ってるくせに。


「ふふ…うん、気をつけまーす」


またぎゅっと力を込めると、擦り合わせた頰からにのの耳たぶがじんわり熱くなるのを感じた。




end

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