煩悩ラプソディ
第19章 原稿用紙でラブレター/AN
「…はい、今日はここまで」
チャイムと同時に一斉に騒がしくなる教室。
壇上の教科書類を手早く片付け、俯いてそそくさと出て行くその背中を追いかけた。
「にーのちゃん」
グレーのVネックカーデに、白シャツと紺スラックス。
銀縁丸メガネに、無造作ヘアー。
うん、今日も可愛く決まってる。
「…相葉くん、名前はきちんと呼びなさい」
「えーなんで?にのちゃんダメ?」
「ダメです。私は君の友達ではありません」
くるっと振り返ってそれだけ言うと、ペタペタとサンダルの音を立てて歩いていく。
もう、冷たいなあ。
あ…
「にのちゃん、これ持とうか?」
前を歩く小さな背中に駆け寄り、右腕に重たそうに抱える分厚い本の束をぐいっと持ち上げると。
バサバサっという音とともに、足元にプリントが散らばった。
あ、やべ…
「ごめんねっ、」
言いながらしゃがんでプリントを掻き集めていると、スッと横に影ができて。
見ると、にのちゃんの横顔が近くにあって。
ついそのまま見つめてしまった。
…あ、やっぱかわいい。
「…これ、」
完全に手を止めて見惚れていたところに、ふいににのちゃんが小さく口を開いた。
「今日の小テスト…勉強してきましたか?」
メガネの奥から上目遣いでそう言われて思わず息が詰まる。
「漢字の間違いが多すぎます。
ほら、ここも」
俺の答案を指差しながら、ずいっと顔の前に差し出され。
「…あれ〜?おっかしいな…
昨日まで覚えてたのに」
頭をぽりぽり掻いて首を傾げてみる。
けど、にのちゃんはじっとりした目で俺を見てて。
…バレてるよね。
傍らのプリントを拾い上げるとすぐ立ち上がったから、俺もつられて立ち上がる。
「ほら、次の授業始まりますよ」
少し下にあるその顔は、相変わらずの仏頂面で。
…そんな顔じゃなくて、もっと可愛い顔が見たいのに。
両手で本を抱え直しながら歩いていく後ろ姿。
小さくため息をつきながらぼんやり見つめていると、クラスメイトから呼ばれて名残惜しみながら教室に入った。