煩悩ラプソディ
第19章 原稿用紙でラブレター/AN
オレンジの西陽が射し込む教室にひとり、未だ真っさらなままの原稿用紙を頬杖をつきながら睨む。
にのちゃんから出された課題は大学入試対策の小論文。
クラス内では俺と他に数名、出来の悪い生徒へことごとく課せられる特別課題。
入試まであと三ヶ月。
卒業まであと半年。
「はぁ…」
右手でシャーペンをくるくる回しながら、小さくため息をついた。
どことなく浮き足立った周りのヤツらとは裏腹に、俺はまだそのムードに上手く乗り切れてなくて。
そよそよと窓から流れてくる秋風とグラウンドからの威勢の良いかけ声を遠くに聞きながら、ぼんやりと空を眺める。
そういえば、にのちゃんと初めて会ったのもこの教室だったなぁ…
去年の夏休み明け、前の先生が産休に入ったあと臨時で赴任してきたのがにのちゃんだった。
クラス全員が女の先生を期待してたのに、やってきたのは地味で暗そうな男の先生だったもんだからみんなでガッカリしたのを覚えてる。
男子校ならではの下品なノリにも、冷めた眼差しで対応するその仏頂面が第一印象で。
それに、にのちゃんの授業ははっきし言ってつまらなかった。
淡々とした話し方で、教科書通りに進んでいくだけの50分。
もともと国語はあんまり好きじゃないし、その時志望してた学部の入試科目にもなかったから大して授業も真面目に受けてなくて。
国語は昼寝の時間になるな、と思ってた。
思ってたんだけど…
「お、まだいたのか」
突然ガラッと開いたドアに驚いて目をやると、声の主はそんな俺をどこか楽しそうに見ながら中に入ってきた。
「…なんだ、大ちゃんか」
「あ、なんだとはなんだよ。担任に向かって」
わざとらしく口を尖らせながら近づいてきたのは三年間同じ担任の大野智先生。
通称"大ちゃん"。
「ふふっ…なに、また課題出されてんの?」
「そうだよ。ほら、ぜーんぜん浮かばない」
ピラッと原稿用紙を差し出すと、一文字も書かれてないそれに声を出して笑う。
「だめじゃん。そんなんだから二宮先生に振り向いてもらえねぇんだって」
隣の席の椅子にまたがって座った大ちゃんが、背もたれに腕を組んでにこにこと俺を見た。