煩悩ラプソディ
第19章 原稿用紙でラブレター/AN
「…なぁ、二宮先生の笑った顔どんなだった?」
「え、超可愛かった…」
「そうだろ?それでどう思った?」
「…どうって、」
「その笑顔もっと見たいって思わなかったか?」
大ちゃんのその言葉に、ふいに昨日のにのちゃんの笑った顔が蘇って。
あ…
「二宮先生の笑った顔なんて学校中でお前しか見たことねぇよ、多分」
ふふっと笑いながら、また回路版に視線を落とす。
「それって凄いことだと思うけどなぁ、俺は」
ぽつり言い残すと、黙って作業に没頭しだした。
…あぁ、そっか。
そうだよね。
ここで満足したら、もうこれ以上は絶対にないんだ。
このまま想い続けても"好き"がどんどん膨らんでくだけ。
そして伝えられない、届かない苦しさに打ちのめされるに決まってる。
だったら、いっそのこと全部吐き出してしまったら。
もしかしたら、もう二度とにのちゃんと話すことはなくなるかもしれない。
だけど、もしかしたら。
もっとあの笑顔が見れるかもしれない。
だって…
にのちゃんのことを一番知ってるのは、俺なんだから。
目の前で黙々と指先を動かす大ちゃんに目を向ける。
…いつもそうなんだ。
大ちゃんは、答えじゃなくてヒントをくれる。
すぐ弱気になって悩んでしまう俺に、考え直すチャンスを与えてくれる。
それに『自分で決めたこと』っていう自信と、だから後戻りはできないっていうプレッシャーも添えて。
…ありがと、大ちゃん。
俺、やってみるよ。
カツカツと金属の音だけを響かせる部屋で、そう小さく意を決した。
バンッと実験台を両手で叩いて立ち上がると、大ちゃんがビクッと肩を揺らして俺を見上げる。
「っ!…なんだよ、」
「大ちゃんありがと!
俺やるよ、やってみせる!」
「…お、やけに意気込んでんな」
「こういうのは勢いが必要なんだよ。
大ちゃんには分かんないだろうけど」
「っ、うるせぇ、調子に乗んな!」
わざと怒った顔をしつつも優しい声でそう言う大ちゃんを見て、胸がじんわりあったかくなって自然と笑みがこぼれた。