煩悩ラプソディ
第19章 原稿用紙でラブレター/AN
息を切らして階段を駆け上り勢いのままドアを開ける。
「にのちゃん!」
整然と並ぶ書架の列を抜けると、一番奥の小さなテーブルの前にその姿を捉えた。
「にのちゃ、」
「…静かにしなさい、」
俺を見つけるなり、慌てて人差し指を口元に当てポーズを取る。
「…誰もいないじゃん」
「そうゆう問題じゃありません」
「もう…真面目だなぁ」
「当たり前です」
眉をしかめてそう言うにのちゃんに、ふふっと笑ってから姿勢を正した。
「にのちゃん、俺…卒業したよ」
胸元のコサージュをピンと弾いて自慢気に鼻を鳴らす。
「えぇ…卒業おめでとう」
優しい瞳で微笑みながら、俺をまっすぐ見つめてそう返してくれる。
…どれだけこの日を待ってたか。
にのちゃんからの、返事を聞けるこの日を。
あの日、にのちゃんは俺の改めての告白を受けとめてくれた。
それはつまり、俺と同じ気持ちだっていうことで。
そしてにのちゃんも同じように、俺に伝えようとしてくれてたんだ。
だけど前日、教室で言いかけたその想いを俺が先に掴まえてしまったから。
真面目なにのちゃんはそこで思い留まって、卒業するまでは教師として俺に接するときっぱり言い切った。
だから、言葉としてはまだ本当の気持ちを聞けてないんだ。
「…にのちゃん、」
逸る気持ちが先走って、心臓が落ち着かない。
見つめる先の愛しい人は、穏やかな顔で俺を見つめ返していて。
「…随分と、待たせてしまいましたね」
そう言うと、テーブルに置いていた一枚の紙をそっと差し出した。
「…課題を、返します」
…え?
優しく呟いたその声に受け取った紙に視線を落とすと。
あの日のラブレターが、にのちゃんの赤いペンで添削されていた。
…っ!
思わずにのちゃんを見ると、緩く口角を上げて照れたような視線と合わさって。
これ…
込み上げてくる熱いものを堪えながら、原稿用紙の右端に目線を落とした。