煩悩ラプソディ
第26章 君がメロディ/AO
ひょんなことからこの男が転がり込んできたのは、約一年前。
雪の降る寒い日に、時季を迎えたサンタクロースの格好でネカフェの看板を手にそいつはぼんやりつっ立っていたっけ。
急いでチャリンコを漕いでいた俺は、地面が凍っていたところを豪快に滑ってしまい。
たまたまそこに居たそのサンタにぶつかってしまったのが、全ての始まりだった。
「相葉ちゃーん、飯まだぁ?」
ケガをさせてしまったとは言え、その日初めて会ったヤツを家に入れるなんて俺はどうかしていた。
まさかあの日からこんな毎日が続くなんて、あの時の俺は知る由もなかったんだ。
「ちょっとさぁ、少しは手伝おうとか思わないの?」
「え?俺が?」
「お前しかいねぇだろっ、ほらこっち来る!」
『え~』と顔を顰めつつ、スウェットの裾から手を入れてお腹をぽりぽり掻きながらキッチンへ歩いてくる。
この同居人の名は、大野智。
"同居人"とはよく言ったもので、今やほぼ居候状態で。
当時、ネカフェの他にピザ屋とコンビニのバイトを掛け持ちしていた彼。
ケガのせいでしばらく働けない、という理由で当面の間は俺が責任を持つことになって。
今考えれば他にいくらでも術はあっただろうけど、なぜか俺はその提案を呑んでしまったんだ。
どんだけお人好しなんだって、自分でも笑っちゃうくらい。
でも、受け入れた理由はそれだけじゃなかったんだ、きっと。
それは未だに分からないけど…
やる気なさげにフライパンを振る背中に、冷蔵庫から食材を出しながら問いかける。
「大ちゃんさぁ、そろそろバイト探しなよ」
「探してるって。なかなかねぇんだよな、いいの」
「選んでる場合じゃないじゃん」
「だって時間帯が合わねぇんだもん…」
語尾が小さくなっていく声に、隣に並んでその横顔を覗き見た。
ちらっとこちらを見た瞳は明らかに泳いでいて、手元のフライパンのチャーハンを必要以上に煽り出す。
「…ねぇ大ちゃん、」
「あっ、やべっ時間だ!じゃ行くわ!」
思い出したようにそう言うと、素早くスウェットを脱ぎ捨て床から拾った服を着ながらバタバタと出て行った。