煩悩ラプソディ
第28章 風の宅配便/ON
年季の入ったサッシ窓を開けると、一面にビルの大群が現れた。
車の交差する音や、行き交う人々のざわめく音。
その何もかもが新鮮で、まだ何も始まっていない筈なのに勝手に胸が高鳴る。
上京初日。
殺風景な狭いこの部屋を見渡し、積まれた僅かな段ボールの荷解きに取り掛かった。
二つ目の段ボールを開けようとした時、フローリングに置いていたスマホが小さく震えて。
手に取れば、あの人からのメッセージ。
『にの、無事着いたか?
迷子になってねぇか?
東京ってやっぱ人多い?』
疑問符だらけのその文面に、言ってる顔が想像出来て思わず吹き出す。
ふるさとを離れようと決めたのは、この人の存在があったから。
これ以上傍に居たら、きっと俺は後悔するって。
想いが強くなればなる程、辛くなるのは目に見えていたんだ。
だって…
こんな恋、叶うわけないんだから。
『着いたよ。
東京ってやっぱすげー。
大野さん確実に一瞬で迷子になるわ』
送信すると、すぐに既読が付き。
『うるせえ。
お前もう東京に染まっちまったのか?
俺さみしくて泣くぞ』
その後に、わざとらしくついた泣き顔のスタンプ。
こんなどうでもいいやり取りも、これからはこの長方形の中でだけ。
こんなにもリアルタイムに、あなたと通じ合っているのに。
その顔を、声を、温もりを。
もう、感じることはできないんだ。
大野さんと出会ったのは、大学のサークルだった。
俺より2コも先輩なのに、良くも悪くもそうゆう素振りは微塵もなくて。
自分からは動かないけど、いざ懐に入られればどんなヤツでも受け入れる、そんな人だった。
俺はそんな大野さんの雰囲気に、すぐに惹きつけられていったんだ。
最初から、分かってた。
きっと俺は、自分の想いを止められなくなるって。
だから、就職を機にあの場所を離れようと決めた。
居心地の良い、大好きなあの人の隣を。
荷解きをしつつ、大野さんとのやり取りを続け。
なかなか片付けが進まなくて、明日から始まる新生活に少し不安を覚えたけど。
でも、今はこの距離感を手放したくなくて。
…今日くらい、ホームシックになってもいいよね?