煩悩ラプソディ
第28章 風の宅配便/ON
まだ着られてる感が拭えないスーツをハンガーに掛け、ようやく一日の終わりを実感する。
少しずつ生活用品は揃ってきたものの、未だテレビもないこの部屋はやけに物静かで。
その寂しさを紛らわせたくてサッシ窓に手を掛ければ、キュルキュルと音を立てながら夜の街を映しだした。
俺のふるさとには、高いビルも、地下鉄もない。
あるのは、山と川と、町に一軒だけあるコンビニくらい。
俺も大野さんも地元は同じだけど、あんな狭い町に住んでいたのにお互いのことを全く知らなかったなんて。
むしろあの大学で、同じ地元の人と出会うことの方がすごいのかな。
騒々しい街並みをぼんやり眺めては、浮かぶのは大野さんのことばかり。
新生活が始まれば、そんなこと考える余裕なんてないと思ってたのに。
自分から忘れようとしたくせに、いつまでも想いの端っこを握り締めたままどうしても手放せなくて。
…ばかだなぁ、俺。
はぁと溢した溜息は、広がる目下の喧騒に小さく消えていった。
ーーー♪♪♪
ふいに、スマホの着信音が部屋に響き渡って。
テーブルに置いていたそれを見遣ると、画面に現れた文字に胸がとくんと跳ねる。
急いでスワイプして耳に当てれば、久し振りに届いた優しい声。
『…お、にの?今ちょっといいか?』
隣に居た頃は、電話なんてしたことなかった。
顔を合わせれば、いくらでも話すことができたから。
だから、久し振りに聞いた大野さんの声に、不覚にも泣きそうになって。
『…にの?おい、おーい』
「ぁ、ごめ…うん、なに?」
『何ってお前、久々に電話したのに何だそれはっ』
「んふふっ…ごめん。で、どしたの?」
笑いながら怒る電話越しの大野さんの顔が浮かんで、じんわりと胸が熱くなる。
こんな思いがけないサプライズに、さっきまでの虚しさは一瞬で消え失せていた。
それから、お互いの近況報告や他愛もない話をだらだらと続け、気付けば二時間近く経っていて。
大野さんと電話でこんなに話したのは、初めてだった。
『明日も早ぇの?』と気遣う言葉が出だすと、そろそろタイムリミットが近付いているんだと察する。
…いやだよ。
まだ切りたくない。
もっと、声が聴きたい。
『…あ、言うの忘れてたけどな、』