煩悩ラプソディ
第37章 刻みだした愛の秒針/AN
じゃあね、と手を振って楽屋を出て行くいつもと変わらない後ろ姿を見送って。
今日もまた、逃したチャンスに小さく息を吐いた。
長年募らせていたにのへの想いがついに実り、晴れて恋人という位置付けになった今日この頃。
こうなるんじゃないかって大体予想はしてたけど…
いや、でもちょっとは期待してたんだよ、俺も。
なのに。
びっくりするくらい俺たちの関係に変化がない。
俺に対するにのの言動や態度も今までと何ら変わりないし。
まぁ強いて言うなら…たまーにどっちかの家に泊まって一緒に寝るくらい。
一緒に寝るって言っても文字通り寝るだけ。
キスとかハグとかまるで無し。
ていうか…そういう雰囲気にならない、ってのが実際のところで。
…まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ。
俺もにのもお互いずっと片想いのままここまできたんだ。
親友としてメンバーとして、バランスを保ちながら上手く関係性を築いてきたんだから。
そんな相手と三十も半ばで急に恋人の関係になったところで。
変わりようがないじゃんって言われればそれまでなんだけどさ…
ソファの背凭れに体を預けた時、テーブルから小さな笑い声が漏れた。
「…悩んでますねぇ」
カタカタとキーボードを弾きつつパソコン画面から目線を上げた松潤。
その顔がやたらニヤニヤしてて、まるで俺の心なんかお見通しって感じで。
「…やっぱ分かる?」
「まぁね。伊達に見てきてないんで、君らのこと」
そう言いながらまたニヤッと笑うのにつられて、観念したように俺も笑みを溢した。
メンバーでは唯一、俺たちの関係を知ってる松潤。
それもそのはず、これは後で知ったことだけどにのはずっと松潤に相談していたらしく。
勝手にフィルターを掛けてた俺の態度にヘコんでたにのに、随分とフォローを入れてくれてたみたい。
俺とにのがこういう関係になれたのは、他でもない優太の存在があってのことなんだけど。
俺の知らないところで、実は松潤にはかなり助けられてたんだ。