煩悩ラプソディ
第42章 おめでとうとありがとう/O
《櫻葉パパとチビ末ズ》シリーズより
小児科医 大野先生
***
暖かな日差しと心地良い風の中。
午後のこの時間は絶好のお昼寝タイム。
日当たりの良い裏庭のベンチに浅く腰掛け、空に向かって伸びをしてから背凭れに体を預ける。
ココア缶と黒縁眼鏡を傍らに、目を閉じると瞼に残るのは穏やかな太陽光。
白衣のポケットに両手を突っ込みつつ、遠くの子どもの声をBGMに意識を手離した。
小児科医として今まで数え切れないくらいの子ども達と出会ってきた中で。
今でも忘れられない患者がいる。
その子達は医者の考える余命の域を遥かに超え、今でも元気に生き続けていて。
医療だけが命を救う訳じゃなくて、そこには彼らの生きる源が絶えず存在するからなんだと。
例え血が繋がっていなくとも、まるでそうなることが運命だったかのような。
そんな歪な家族のカタチが、きっと彼らの生きる意味になったに違いない。
脳裏に蘇るのは院内を走り回る二つの小さな後ろ姿。
看護師に怒られては俺のとこに来て泣きついてたっけ。
特に松岡先生の雷が落ちた日にゃ大変だったな。
それから、どこで知ったのか俺の誕生日には手作りのプレゼントまでくれて。
拙い字で書かれた"おたんじょうびおめでとう"にはさすがにグッときちゃったけど。
そんなやんちゃだった二人ももう中学生かぁ…
いや…あれ?高校だっけ?
「せんせ!」
間近で急に呼ばれ驚いて目を開けると、目前には顔を近付けて覗き込むいたずらな二つの瞳が。
「絶対ここだと思ったし」
「んね、まっすぐこっち来て正解だったね」
見上げた先には、今しがた懐古していた二人がすっかり成長した姿で笑い合っていた。
「え?今日診察日?」
眼鏡をかけつつそう問えば、二人して顔を見合わせて何やら言いたげな表情。
ん?どした?
窺おうと立ち上がりかけた時、目の前にずいっと何かが差し出され。
「先生これあげる。じゃあね!」
「後で読んでよ!」
早口で言いながら駆けて行った二人から渡されたのは小さな封筒。
中を開けるとそこには。
"大野先生、たんじょうびおめでとう"
「…ふふ、漢字くらい使え」
小さくなる後ろ姿にあの頃の二人を重ねながら。
昔と変わらない文章で始まったその手紙にそっと視線を落とした。
end