煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
ギリギリのところで潜り込んだ電車内。
外気の冷たさから一変して噎せ返るような暖気が体に纏わりつく。
ぎゅうぎゅうに押し込まれたいつものドア傍。
背中のリュックはすでにぺしゃんこ。
見ず知らずの人間に密着され続けるこの空間にも大概嫌気がさすけれど。
これもあと数ヶ月。
卒業まであと少しの我慢だと自分に言い聞かせながら。
ガタゴトと揺れる車内は少しの余裕もない程に人で埋め尽くされている。
ドア窓に反射して映る顔が否応無しに歪むのも仕方のないこと。
レールを走る音と咳払いしか聞こえない中ひっそりと溜息を吐いた時。
…っ
背後にゾクッと違和感を感じて。
不規則な揺れに合わせて時折触れる感触。
…チッ。
もう何度も経験したその悪寒は紛れもなく。
またかよクソ野郎っ…
満員電車から解放されたい本当の理由はただ一つ。
まるで日課のように遭遇する痴漢から逃れたいが為だった。
正直、男のケツなんか触るモノ好きがどこにいるんだよって思ってた。
なのに、まさか自分がそのターゲットになるなんて思ってもみなかったから。
初めこそ気持ち悪さと怒りで思いっ切りソイツの手を掴んでやったんだけど。
ソイツが『触ってません、言い掛かりです』なんて言いやがって。
周りの連中も男の俺がヤローに何言ってんだって顔で見てきたもんだから、もうそれ以上何も言えなくなってしまった。
それからは事あるごとに遭遇する変態野郎にも泣き寝入りするしか術はなく。
一刻も早くこの状況から抜け出したい、と思いながら通学するのが日常になった。
ガタゴトと揺れる動きに合わせて動く手。
形を確かめるように撫で回されるその手つきに身の毛がよだってきて。
マジで気持ち悪ぃんだよっ…!
リュックのショルダーベルトをグッと握り締めた時、運悪くカーブに差し掛かった車内がグラっと揺れた。
と同時に背後からぎゅっと密着してくる重み。
そして、弾みに任せてケツから移動した手が俺の股間に触れて。
「っ…!」
額が窓にくっついて身動きも取れぬまま。
触れていたソイツの手に力がこもったのが分かり。
やめっ…
「ちょっと、何してるんですか」
はっきりと届いたその声は、固まる俺の耳に真横から響いた。