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煩悩ラプソディ

第44章 恋してはじめて知った君/SO






「って、ちょっ…泣くなよ智っ!」


メガネを外して目元をぐいっと拭えば。
また慌てたように声をかけてくる櫻井くんに涙は込み上げてくるばかり。


だって信じられない。


こんな奇跡があるなんて。


ほんの数分前までは想像も出来なかった展開に。


これが現実だとは分かっていてもどこか夢を見ているような感覚で。


そんなぼやける視界に映り込んできたのは。


「泣くなって」


目の前に差し出された皺くちゃのハンカチ。


いつかもこうやって櫻井くんのハンカチに涙を拭ってもらったんだっけ。


そっと受け取ると視線が交差して。


眉を下げて照れ笑う、初めて見る表情があった。



恋をしてはじめて知ったこと。


意外と照れ屋で。


意外と挙動不審で。


意外と鈍感で。


今までスケッチブックの中だけに留めていたイメージ。


それを、今日でこんなにも更新できるなんて。



「…あのさ、一つお願いがあんだけど」


目を上げれば丸い瞳が遠慮がちにこちらを見つめ。


「みんなのは描いて送ってもらったけどさ…智のはないじゃん」

「ぁ…うん…」

「だからさ、写真撮らない?」


そう言って取り出したスマホ。


差し込む夕陽を背に、ぎこちなく並べる肩。


突然のことでメガネを掛ける暇もなく寄り添われた左側から。


ふわりと感じる櫻井くんの匂い。


空港でハグされた時は気が動転していて。


いや、今もその状況とあまり変わってはいないけれど。


一方通行ではなくて開通して交差した今の互いの距離感は。


逆にぎこちなさと遠慮が漂う妙な空間。


…これが"恋"なのかも、なんて。


また一つ、はじめて知ったことが増えた気がする。


「じゃあ、せーの…」


伸ばした手元に映る俺たちの顔。


メガネもないし目元もきっと涙で赤く染まってるんだろうから。


見えなくても全然構わないんだけど。


でも、櫻井くんが今どんな顔してるのかなって。


それはやっぱり気になっちゃって。


そっと覗き見たと同時に"カシャ"と音が鳴り。


「あっ、智!どこ見てんだよ~」


目を細めて笑うその横顔を間近に。


今日何度目かの矢が心臓に刺さった。





end

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