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例えばこんな日常

第12章 まさかの大誤算/AN






いつもより早めに楽屋入りできた今日、一番乗りをいい事に目を背けていた事案に向き合おうと決意する。


カバンから取り出したのは、一冊の台本。


ありがたいことに来期の連ドラのオファーを頂き、月9以来となるお芝居の仕事に意気込んでいたんだけど。


改めて表紙をじっと見つめて、自然と溜息がこぼれる。


今回貰った役は『男を好きになる男』という設定で。


女装したりとか女性心理からの恋愛とかじゃなくて、完全に男として男を好きになるっていうやつ。


連ドラでそれをメインでいくっていうのも相当勝負なんだけど、だからこそのプレッシャーも半端なくて。


何としてでもこけたらいけない。


うまく演りきらないと…


という思いがぐるぐると駆け巡って、いつもの悪い癖が出始めている。


ソファに深く沈み、台本を目線の高さに上げてページを開く。


そもそも、男を好きになる気持ちが分からない。


何とか頭の中で役柄の心情をイメージしてみるけど、今まで全く湧いてこなかった感情を演じるのは俺なんかには到底無理な話で。


こんな時、みんなだったらどうするんだろう。


やっぱり、ある程度役柄って自分の中で作り上げていくものだよね。


俺なんか特に、しっかり役に気持ちを近付けてなりきってないとって思うタイプだし。


なりきる…か。


ふと、台本の配役欄にある相手役の名前に目を遣る。


そこにあるのは、売り出し中の若手俳優の名前。


一度も共演はしたことないけど、テレビで観る限りでは可愛らしい顔をしている。


背も低くて色白で、女の子みたいに華奢なイメージ。


色白で…華奢…


…あ。


一瞬ふわっと脳裏に顔が浮かんだけど、すぐに取り消した。


にのがイメージにぴったりなんだよな…


いや、だけど。


にのだよ?


にのを相手に役作りって…


そんなの無理に決まってる。


ずっと一緒に居る言わば"仲間"に、役作りとはいえそんな感情を抱くなんて。


それに、仮に俺が役作りににのを使わせてって言ったとしたらアイツ絶対イヤがるだろうし。


『そんな目で見ないで』とか言われそうだし。


脳裏に怪訝そうにはっきりと歪ませたにのの顔が浮かんで、溜息と同時に台本をパタリと顔に伏せた。

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