
例えばこんな日常
第14章 純情ではもう遅い/OM
授業終了のチャイムが鳴ると同時に、教室の後ろのドアから飛び出した。
友人に『松本!』と呼ばれた気がしたけど、そんなのに構ってる暇なんかない。
無造作に掴んだままの通学カバンを揺らしつつ、握ったスマホでチラッと時間を確認する。
やっべ!
あと1分っ…!
脇目も振らず廊下をダッシュし、あの人が待ついつもの場所へ急いだ。
***
「あ~…惜しい。30秒遅れだな」
膝に手をついてはぁはぁと項垂れているつむじに、あの人ののんびりした声が降ってくる。
息を呑んで顔を上げれば、うっすら口角を上げて俺を見下ろす綺麗な顔。
「はぁっ…くっそ、もうちょっとだったのにっ…」
「ざんね~ん。また松潤の負けね。
…お、てことは俺の勝ちじゃん」
芝生に投げ出していたカバンからノートを取り出すと、鉛筆で線を書き足し『正』の字を完成させる大野さん。
「ふふ…勝っちゃった」
ノートに視線を落したままほくそ笑むその顔を見上げつつ、胸の高鳴りを抑えきれないでいた。
大野さんのパシリに任命されてからというもの、俺達は常に一緒に行動するようになって。
今までどうでも良かった学校生活も、この人のお陰…というか大野さんの存在だけで俺にとってそれが意味のあるものになった。
俺は、完全に大野さんに堕ちてしまったんだ。
一緒に廊下を歩けば周囲の生徒からは羨望の眼差しを注がれ、担任からだって一目置かれるまでになり。
大野さんの傍に居られるだけでも最高に幸せなことなのに、なんだか俺までもスーパースターになった気分になる。
そんな大野さんが、最近ハマっていること。
授業終わりにどっちが早く裏庭に来れるか。
それも、大野さんが指定した時限の終わりに、大野さんが指定した時間ぴったりにというもので。
明らかに大野さんが絶対的有利なこの条件、俺が逆らえる筈もなく今日で最終日を迎えた。
こんな不条理な出来レースなんて、勝てる訳ないにも関わらず…
俺は密かにこの時を待ち望んでいたんだ。
その理由は…
「はい、じゃあよろしく~」
間延びした声でそう言うと、大野さんがごろんと芝生にうつ伏せた。
