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例えばこんな日常

第29章 オペ室の悪魔と病室の天使/AN






いつもと何ら変わりの無い医局内。
しかし、唯一変わったと言えるのはある場所だけ。


「世良ー!あれ?アイツまたあそこか…」


ぐるりと医局内を見渡して世良の姿がないことを悟った垣谷は、あからさまに溜息を吐き仮眠室のドアを開けた。


後輩の名前を呼びながら奥へと足を進める垣谷。
そこに広がった最近では当たり前になりつつある光景にまた小さく息を吐く。


「…世良。お前いい加減にしろよ」


そこには、不貞腐れたように腕枕をしソファに寝転がる世良の姿。
雑然としたローテーブルにはほかほかの湯気を立てる茶碗と生卵。


「いつまで渡海先生のこと待ってんだよ。もうあの人はここを辞め、」

「違いますって!そんなことある訳ないじゃないですか!」


いきなりガバッと起き上がった世良の勢いに肩を揺らす垣谷。
そしてその圧に若干引き気味の彼の目の前に差し出された一枚のメモ紙。


"まぁまぁうまかった 渡海"


「この醤油と一緒に置き手紙があったんですよ!てことはまたこれを食べに戻ってくるってことじゃないんですか!?」


世良のもう片方の手にしっかりと握られているのは自らプレゼンしたTKG専用醤油。
鼻息の荒くなった世良にたじろぐ垣谷の耳に、背後から聞こえたのは僅かにドアが開く音。


「…うるせぇな相変わらず」


ぼやきながら現れたのは他でもないくたくたの普段通りの渡海で。


「渡海先生っ!」

「えっ、辞めたんじゃ…」

「あ?誰が言ったそんなこと」


通り過ぎ様に垣谷を睨みつける渡海もまた相変わらずの態度である。
そんな渡海に瞳を輝かせて茶碗を差し出した世良。


「どうぞ!バッチリ炊けてます!あとこれも!」

「…あぁそれいい、要らない。これで食う」


TKG醤油を手で払い除けると、持っていたビニール袋から取り出したのは湯気でくもるパック容器。
その中身を見て世良と垣谷は目を疑った。


「…麻婆豆腐?」

「あと俺帰るから、当直以外は」

「え?帰るってどこに?」

「……ふっ」


茶碗を掻き込みながら不敵に口角を上げた渡海を見て世良はハッとした。


帰るってもしや…寮に?
てことは渡海先生と一緒に帰れるってことか…!


どこまでもポジティブ脳を発揮する世良の傍ら、渡海は湯気の上がる麻婆豆腐に下鼓を打っていた。




end

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