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例えばこんな日常

第8章 厄介なヤツと夏/AN






ぎゅっと抱きしめられた両肩は、動かせないほどがっちりと固定されて。


すぐ横にあるその顔は、わざとらしく俺の頬にぴったり吸い付くように寄せられている。


「もー…暑い、離れて」

「やだね」

「ねぇほんと暑いって、」

「いいよ?エアコン入れて」


おちょくるように俺の言葉を遮ると、更に抱きしめる力がぎゅっと込められる。


やっと主からのお許しが出たと思ったら、目的のリモコンは僅か目の先に転がっていて。


もがきながら手を伸ばしてみるも、後ろからの重みと力加減がバカなヤツのせいで全く届く気配がない。


「っ、もうっ、あ~くっそ…」


必死に数センチ先のリモコンに手を伸ばす俺と、それを止めるように後ろから抱きしめる相葉さん。


二人して段々とこの状況がツボに入り笑いが込み上げてくる。


一体なんの時間なのこれ。


「っ、痛っ!痛いって!」

「あっごめ…」

「よっ、」

「あ、こら!おまっ、」


痛がるフリをして腕が緩まった隙をつきグンと体を伸ばすと、バランスを崩した相葉さんがそのまま雪崩れこんできた。


「あーっもう!暑い重いっ!」

「ぐふふ!ちょ、返せってそれ!」

「あっやめ!ふふっ、離せばーか!」


フローリングに転がったいい歳の大人二人。


ガチャガチャとゲーム機を蹴散らしながら、真夏のリモコン争奪戦。


相葉さんの下で両手を一纏めに抑えられたまま、攻防する手中のスイッチを力任せに押しつぶすと。


"ピピッ"という可愛い音と共に、逆さまに映るエアコンからひんやりとした風が降り注いできた。


ブーンという静かな音と、荒い息遣い。
そして、蝉の声が何とも言えない不協和音を奏でる。


「…ふふっ」

「…んふふ」


見上げた相葉さんの額には、無数の汗の粒が光って。
暗く陰ったその顔には、艶っぽい笑みが窺えた。


「…ついでにもうひと汗かいちゃう?」

「…やだよこんなとこで、」


言い終わる前に微笑みながら近付いてくるその唇を拒むことなんてできずに。


寸前の肩越しに見えた、刺すような陽射しと澄んだ青を瞼の裏に焼きつけて。



…今年もまた、いつものように。



厄介なコイツと夏が、やってくる。




end

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