例えばこんな日常
第9章 いてもたってもいられない/AN
すっかり温くなってしまったトマトを、新しく開けた冷たいビールで中和する。
さっきは風呂でにのに散々怒られた。
なんであそこで、なんでそのまま。
そもそもなんでアレがあったんだって。
そんなこと言ったって…
今日のにのはいつもと違ったんだもん。
てゆうか、お前だってまぁまぁ楽しんでたじゃん?
床に座りソファに背を預けながら、真後ろで気だるそうにうつ伏せるにのをチラ見した。
組み合わせた腕に顔を乗せて、ぼんやりとテレビを眺めてる。
そこに映っているのは、にのが観たいと言った先週のマナブ。
画面に流れるテンポの良い会話と的確なツッコミ。
楽しげに笑い合う俺たちを、にのは一体どんな気持ちで観てるんだろう。
「…ねぇ、」
ふと後ろから声がして首を振り向くと、テレビに視線をやったまままったりとした口調で続けた。
「…俺も出たい」
「…ん?」
「俺もマナブ出たい、」
くるりと顔を反転させこちらを見たその瞳は、まだ熱っぽく潤んでいて。
尖らせた唇は、いつもの物言いスタイル。
「なに?マナブに?」
「うん、包丁王子の弟子でいいから」
「ふふっ、え、にのが弟子なの?」
「そう。新弟子」
笑いながら問いかけると、にのも楽しそうに見上げてくる。
「新弟子なんかまだテレビに出らんないよ」
「ふふ、あ、じゃあ俺本気出そ。
すげー練習してんのよ今、」
「そう、これ超薄かったもん!」
言いながら、にの作のトマトの輪切りを指で摘まむ。
するとにのが口をあーんと開けたから、そのままぽいっとその口に放り込んだ。
「…師匠がどんな腕前なのかさ、近くで見とかないと」
もぐもぐさせながらテレビを見つめてそう言ったセリフに、思わず頬が緩んでしまって。
「…ふふ、いつでも見せるよ?腕前」
「…じゃあ何か食べたい」
「え?」
「…動いたら腹減った」
少し不機嫌そうに言うにのに、ニヤける口角をそのままに立ち上がる。
日付もとっくに変わった真夜中。
画面から目を離さないにのを眺めつつ、小気味よく包丁の音を響かせた。
…分かってるよ、にの。
やきもちでしょ?
そんなに牽制かけなくても大丈夫だってば。
どうしたって俺には…
にのだけなんだから。
end