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例えばこんな日常

第10章 あなたと居る特別/SM






年明けから、絶えることなく埋まったスケジュールの合間。


毎年この時期になると決まって『嵐って夏休みあるの?』というワードが番組収録のトーク中に現れる。


ありがたいことに、勿論まとまった休みなんてないんだけど。


"夏休み"なんて、気持ち次第でどうにでもなるもんだと思ってる。


たとえ一日だけでも、俺が思う休暇を過ごせればそれで十分だって。


…そうでしょ?翔くん。



予定より少しだけ早く、部屋のチャイムがこだました。


「うーっす、」


ドアを開けると、キャップを目深に被って大きめのマスクをした訪問者が低い声で中に入ってきて。


「早かったね。
…いやいや完全防備すぎじゃない?」

「当たり前だろ、こんくらいしないと」


どこで誰に見られてるか分かんねぇんだから、と言いながらマスクとキャップを取ってリビングへ歩いていく。


それはそうだけど。


僅か駐車場から玄関前までの短い距離とはいえ、このクソ暑い中をその姿で来たのかと思うと思わず鼻で笑ってしまう。


「なに笑ってんだよ。もうあっちいから早く飲もうぜ」


言いながらソファにどかっと座る翔くんに、キンキンに冷えたビールを差し出しながら口を開いた。


「提案があるんですけど、」

「…なんでしょう?」

「今日はさ、夏休みってことにしない?」

「は?」

「夏休みってことにしない?」

「…いや二回言われても分かんない、」

「だからさ、今日俺たちは"夏休み"なの」


缶ビールを握って口をぽかんと開ける瞳に、にっと笑いかけて隣に腰を下ろす。



どこかに出掛けたり、思い出を作ることだけが夏休みじゃない。


こんな普通の日常も、俺にとっては立派な夏休みなんだ。



「…どゆこと?」


ぐいっとビールを煽って、訝しげに疑問を口にされる。


「ん、いや今日さ、俺と翔くんのオフ重なったじゃん?
その貴重な一日が夏休みってこと」

「……うん、まぁ、なるほど。
え?なに?どっか行くってこと?俺飲んでるけど」


納得したのか分からない顔で頷いたと思ったら、急に慌てだして。


「行かないよ。行くなら出さないからそれ」


握られた缶を指差しながら言うと、『あぁ、そっか』って小さくはにかむ。


そんな翔くんがおかしくて、笑いながら俺もビールを傾けた。

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