例えばこんな日常
第10章 あなたと居る特別/SM
「じゃあさ…来年もここで呑もうよ」
「…ん?」
「この桜見ながらさ、一緒に」
言い終えて翔くんのほうへ振り向けば、一瞬パチっと瞬きをしてだんだん口元が緩んでいって。
「おぉ…そんなんでいいなら、全然」
照れたように鼻をスンと啜って、またビールに口をつける。
ほらまた、そうゆう顔するんだから。
何の気なしに、俺のいたずら心を擽る表情をこの人はやってのける。
だから、つい。
「…それと、」
小さく呟くと、手元で傾けた缶に目線を落としていた瞳がこちらを見た。
「キスして」
「…は?」
「キス、してよ」
「は、お前ここ、」
「いいじゃん」
「っ、マジで?」
外気に晒されているとはいえ、ここは自宅のベランダ。
そんなに恥ずかしがることないのにと毎回思うけど、あの完全防備を見たら無理もない。
無駄に警戒してキョロキョロ周りを見渡す翔くんに、緩まっていく頬を抑えられない。
その動きが止まったタイミングで、カウンターに並んだままそっとお互いの距離を詰めて。
しっとりと押し当てられた唇からは、ほのかどころじゃないアルコールの芳香。
いつも通りの柔らかな感触なのに、その香りも相まって今日は一段とそれが心地良い。
時間が止まったように動かずにいると、その感触が惜しみつつゆっくりと離れていった。
ぼんやりと焦点を合わせながら、その先にある瞳を捉えると。
熱を帯びて潤んだ色の瞳で、やけに雄々しくなった予想通りの顔がそこにあって。
「…夏休み、するか」
「…ん?」
至近距離でぼそっと呟いたと思ったら、俺の手を引いてリビングへと身を返す。
その間際、照れなのか酔いなのか分からない染まった頬を垣間見て。
…別にそれ、夏休みじゃないじゃん。
浮かんだ言葉は飲み込んで静かに含み笑うと、ぎゅっと手を握り返してその背中についていった。
来年も、その先も。
こんな日常が、ただずっと続けばいい。
どの季節にも…
当たり前のようにあなたがいてくれれば。
夏休みとか、誕生日とか。
そんなものより、きっと特別だと思うから。
end