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素晴らしき世界

第31章 向かい合わせ








「おわっ!相葉さん?」

驚く……誰だ?わかんないけど、
目もくれず俺は走って部屋を出る。

「あれ?相葉さん?帰る……」

部屋へと戻ってくる大野さんの後輩の人が、
声をかけてくれたけど……

振り返りもせずエレベータのボタンを
パンパンと押してすぐに開いた隙間に
スッと身体を滑らす。

そして『閉』のボタンを連打して、
エレベーターの扉を閉じる。


なんで……

なんでここに翔が……


フラフラと後ずさると壁にぶち当たり、
そのままズルズルと身体が崩れ落ちていった。


ずっと会いたかった翔が突然、目の前に現れた。


ぎこちなく互いを呼ぶ。

ただ互いをジッと見つめる。


ただ、それだけ。

それだけしなかった。



いや、それ以外……何があるんだろうか?



俺たちは他人で、
元の関係でもあった友達でもない。



会話をする事もない。

目を合わせる事もない。

触れる事もない。



俺たちにはもう……何もない。



そして目の前を幸せを噛みしめる2人の姿を
翔と見るなんて耐えられなかった。

それは俺が望んでいた、
夢見ていた翔との姿そのもの。


俺が……手放した未来。


「う…っ」

ふわっと身体が浮く感覚に、
エレベーターが動いたことを教えてくれた。

扉を閉めるのに必死だったから、
階数ボタンを押していなかったみたい。

エレベーターを呼んだのは1階みたいで……

扉が開くと大きなお腹の女性と、
腰に手を回してその身体を気遣う男性。


ここにはあちらこちらに幸せが溢れてる。

俺には眩しすぎるぐらいの……


外に出ると、さっきまでいた建物を見上げる。

「バイバイ……翔」

ゆっくりと俺は歩き出したけど、
その足取りはビックリするくら重い。

「いるわけ……ないよね」

振り返ってみたけど、
探している姿はどこにもない。

ありもしない勝手な期待に
後ろ髪を引かれながら俺はまた歩き出した。

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