
不透明な男
第12章 惑乱
髪から雫を滴らせて俯く俺を、二人はただ黙って見ていた。
智「見すぎなんだよ…」
あ、私服がねえやと俺はハンガーに掛かっていたスーツを履く。
白いシャツを羽織ると、漸く二人の顔を見た。
智「もう分かったんだしいいでしょ。帰って」
B「まだ何も分かってねえよ」
智「は?分かったじゃん。おれは成瀬じゃないって」
A「だからだ。何故危険を犯してまでこんな事してるんだ」
B「もう来るなって、アイツに言われただろうが…」
青年の話を持ち出してきた。
胸がきゅっと苦しくなる。
智「そういう訳にもいかないんだよ…」
A「一体何があったんだ。アイツの言葉を無視してまで何をしようとしてる」
だからその話はやめてくれ
逃げちゃいけないって分かってる。
聞きたくないなんて勝手すぎる。
だけど、耐えられないんだ。
智「分からない事があるんだよ…」
A「分からない?」
薄々は気付いている。
思わないようにしてきたが、やっぱりおかしいんだ。
智「それを、聞きたいだけなんだ」
そうだ、きちんと聞かなきゃ。
俺の思う事なんて只の憶測にしか過ぎない。
智「例え結果がどうであれ、俺は知らなきゃいけないんだ」
俺の両親の事だ。息子が知らないなんてそんな話があるか。
B「例え…?」
そう、例え、もうこの世に居ないとしても。
俺はそれを、確かめなきゃいけない。
智「あ…、いや、なんでも」
なんかヘンな空気にしちゃったねと俺ははにかんだ。
智「ふふっ、急に、ヘンな事聞いてくるからさ…」
A「お前…」
智「なんか、おかしくなっちゃったじゃん」
ソファーに腰掛けると、膝に肘を付いて顔を隠した。
クスクス笑う俺を、二人の静寂な眼差しが見つめる。
なんだろうな
情緒不安定ってヤツなのかな
苦しいのに可笑しいんだよ
いや違うか
苦しくて、可笑しいのか
社長の毒はすげえな。俺の脳や内臓まで攻めてくるんだなと、俺は可笑しくなった。
ただでさえバカなのにどうすんだよこれ…
