おもちゃのCHU-CHU-CHU★
第49章 治療。
「キミのご両親は俺の事を信用してくれているみたいだし? 「お嬢さんは死にはしないけど、一生治療が必要な身体だ」とか、「治せるのは俺だけだ」とか言ったら、キミを預けてくれそうだよね。本当に純真な方達だよねぇ?」
「アタシの親を……馬鹿にしないで下さい……」
「そんなつもりで言ったんじゃないよ。羨ましいんだよ。キミのご両親が、さ? 俺の親なんて、人を蹴落とす事しか考えていない様な人間だったからねぇ……」
池田先生はそう言うと、天井をボーッと見上げた。先生は、表面上は上手く接してはいるけれど、ご両親の事は好きではないのだとポツリと零す。サイドテーブルの上に灯っているオレンジ色の光が、濃い影を作り、先生の表情を寂しそうに見せていた。何だかその顔を見ていると胸が切なくなってしまい、アタシは無意識の内に先生の身体をギュッと抱き締めていた。
先生は「どうかした?」と言って微笑んだけれど、その笑顔は何だか作り物の様で。余計に切なくなった。先生がどんな風に生きてきたのか。そんな事を考えた事は、今までなかったけど。この夜、先生が見せた表情が、頭から離れなくて。アタシは少しだけ先生を理解する努力をしようと思った。
結局この夜は家には帰らずに先生の部屋へ泊まり、翌朝早くに家まで車で送って貰ったのだが、寝こけていた事もあって、山岡さんからの連絡に応える事が出来なかった。
本人は気付かない様な小さな亀裂でも、それが徐々に大きくなり足元を掬う様な穴になる事がある。他に気を取られて、自分の足元に広がる泥濘に気付かない事もある。人生はそんな事の繰り返しで出来ているのだと言う事を、この時のアタシはすっかり忘れていたのだった。