方位磁石の指す方向。
第1章 scene 1
…でも、翔さんは?
じゃあ、翔さんへの気持ちは
一体なんなの?
好き?
…ううん。違う。
好きなんかじゃない。
だって、男なんだから。
人並みの恋愛はしてきた。
…それは全て叶わなかったけど。
好きになるヤツには
絶対に"恋人"というものが着いてる。
翔さんだって、いるんだろう。
…あぁ、違う。
好きなんかじゃない。
ただ、優しくされて
嬉しかっただけ。
勘違いなんだから。
「和くん、
智が先に帰ってきたけど…
喧嘩でもしたの?」
「…ううん。してないよ。」
「あら、そう?
ならいいんだけど…。
おばさん、パートだから
行ってくるわね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
おばさんを見送って、
自室へ向かう。
いつも少しだけ開いている
智の部屋は固く閉ざされていた。
「…関係ねえし。」
もういいんだ。
俺は結局どこに行っても
一人なんだ。
リュックからスマホを取り出し、
公園を向かっていた。
智と同じ空間にいるのが、
嫌だったんだ。
音源は入ってる。
ちゃんとダビングしてきた。
もう夕方五時前。
だんだん帰ってゆく人。
その中で、ぽつんっと
ベンチに座ってる俺。
人がいなくなったのを確認して、
録音ボタンを押し、
スマホの再生ボタンをタップした。
静かなメロディーが流れる。
俺の好きな唄。
すうっと息を吸い込んで、
俺はこう言った。
「『どこにでもある唄。』」
あぁ、歌うことは気持ちいい。
嫌なことも全部忘れる。
歌うことは…
俺のストレス発散方だ。
最後の歌詞まで全部唄い切り、
音楽が止まる。
録音ボタンを押す。
「…録音完了っと。」
ポケットに入っている
イヤホンを取り出し、
今唄った歌を
再生してみた。
…うん。
いいと思う。
「…帰りたくねえなぁ。」
一番星が光る夜空に
俺はそう呟いた。