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びゅーてぃふる ❦ ふれぐらんす【気象系BL】

第1章 かりそめの遊艶楼


「身体は辛くないか?」

「ええ、大丈夫で御座いますよ」

「そうか」


あぁ、この手…
僕の髪を撫でる翔様の大きな手が心地良い


「ピアノの方はどうだ?」

「合間合間に弾いてはおりますが
なかなか…
二冊目のバイエルも見てはいるのですが
難しくて弾くところまではいけなくて、」

「和也なら直ぐだよ。
次に来た時にまた一緒に弾こうな?
今日は終わりの時までずっとこうしていたい」


手を握り
肩を寄せ合っているだけで
こんなにも幸せで…


「翔様…」

「…ん?」


「離れとう御座いません…」

「俺だって同じだよ
和也を離したくない…」


刻一刻と迫り来る、別れのとき
また離れ離れになってしまうのだと思うと
胸が張り裂けるほどに苦しくなる


「このまま時が止まってしまえばいいのに…」

「仕方ない、魔法使いに弟子入りするか」

「えぇっ?! 魔法使いのお知り合いがいらっしゃるのですか?!」

「ふはっ。冗談だよ
居たらとっくに願いを叶えてもらってるさ
和也を俺だけのものにしてくれ、って」

「心は…心だけは翔様のものでございます故
どうぞ、持ち帰ってくださいませ」


身も心も。
そう言いたくても言えはしなかった
これが魅陰のさだめか…


「じゃあ…代わりに俺の心を此処へ置いていくよ
そうしたら和也も少しは寂しくないだろう…?」

「はい」

「それから、これも」


翔様が僕の左手を取ると
薬指の付け根に一つ、口付けを落とした


「指輪の代わりに」

「嬉しい…大事に致します故、」


目には見えぬはずのそれを
何時までも何時までも見つめていた











それから翔様は
学業と仕事に忙しくなりつつも
時間を作っては僕に会いに来てくれ
その時限りは一秒足りとも無駄にすることのないように
心と身体で
深く深く愛し合った

僕は僕で
太夫としてそれなりの風格が出てきたのか
昇格した当時はよく陰口を叩かれたものの
今ではそれもすっかり無くなったのだった


夏が終わり

秋が過ぎ

冬が過ぎ


時は流れ
気が付けば楼に来て二度の春がすぐそこまで来ていた


そんな折、
翔様が二十一歳になられ、大学四年生を目前としていた頃

二人の間に大きな事件が起こったのである

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