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異彩ノ雫

第82章  intermezzo ~ A PIGEON'S PRIDE




── ここはどこだろう

そぼ降る雨の中
教会の屋根を見下ろし
彼は呟く

── 長い 長い時間が過ぎたようだが…


あの日
放たれたと同時に
轟音と爆風が彼を一瞬にして跳ね飛ばし
空は朱に染まった


── 気付けば麦畑のただ中で…

芽吹いた麦の青い匂いの中
彼は音のない世界にいた
そして
身に帯びたコンパスを失った…

けれど
戸惑いよりも早く
朦朧とした意識のまま翔び立つ彼を
風が高みへ運び上げる

── どこだ
俺の向かうところはどこにある…

方角を失いながら
見覚えのある景色を
ひとつひとつ辿る道はあてどない

── 俺は今、どこにいる

初めて覚える心細さと
それをはらう小さな誇り

……ほろっほー

誰かの声が
ゆくべき道を指し示す


気づけば彼は若き将校の腕の中
安堵の波が胸を覆う


将校の手には
彼の通信筒から取り出した一枚の紙片

『秋の日のヴィオロンのため息の…』


七十余年の時を超え届いた密書

これはどうした天の配剤か
命を賭して翔び続けた小さな勇者を抱き締める



時を旅した一羽の鳩は
捧げられる数多の礼に守られ
深い眠りに就いてゆく



鐘よ 鳴れ
そして称えよ 誇り高き魂を…







(了)


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