
異彩ノ雫
第98章 intermezzo 子供の時間
── 変わらない…
ひとりごちた男の言葉に
時を止めた廃園がざわめき始める
主をなくして久しい屋敷の庭は
かつて
村の少年たちの禁じられた遊び場
ひそやかな賑わいに浮き立った
── あの日もこんな曇り空だった
雲は低く 風は潤んだ匂いを運んでくる
── いつの間にか
見知らぬ少年が加わり
かくれんぼを始めたのは
誰の言葉がきっかけだったか…
もういいかい
まあだだよ
幾度めかのオニに
今度は僕だよ、と
あの少年が大きな樫の木に抱きついた
もういいかい
まあだだよ
遠く近く呼び交わす声は
やがて降りだした雨にちりぢりに消えてゆく
── 少年も帰ったと思っていた
けれど…
樫の根本で倒れている少年を
家人が見つけたのは夜も更けた頃
驟雨が病弱な少年の熱を奪い
彼の魂は、ひとり歩きを始めていた
微笑んでいた、と
初めての外遊びが嬉しかったのだろう、と
ひとづてに聞いた言葉も
故郷を離れた二十年の間に
遠い記憶となってゆく
「もういいかい…」
木の間からふいに呼び掛ける声
── もういいよ
…俺はここだよ、捕まえてごらん
ざわざわと梢が揺れる
── 見ぃつけた
男は
可愛らしい笑い声が天へ昇るのを
肩をすくめて聞いていた
いつまでも
いつまでも…
(了)
