
異彩ノ雫
第112章 intermezzo 朱の幻想 Ⅵ ~虹夜
── 虹夜(こうや)、泣いてはならぬぞ
夜更けても眠れぬままの胸に
あの日の兄の言葉が甦る
── 泣いてばかりだったな
幼い頃の俺は…
窓から零れる月明かりに誘われ
半身を起こした虹夜は
つと、明かりの中に指を伸ばす
茜に染まる入り日の空
季節終わりの風鈴の音色
寄せて返す波のいとなみ…
時のあわいに浮かぶ儚きものは
いつも
虹夜の心を震わせた…
けれど
朱夏の側近く仕えることが決まった日の
兄のはなむけは
今日も虹夜の心に
明るい道化者の衣を着せていた
── 今宵の雨は何となく心に沁みるな…
日暮れから降りだした雨音の中
杯を重ねる朱夏の声もどこか遠く聞こえる
── 星夜はあの娘と幸せにしているようだな
杯の面に目を落としたままの
静かな言葉が胸に響く
── 一途なところは兄弟で変わらぬとみえる
…なあ、虹夜
泣いてよいのだぞ
ふいに呼び掛けられ
息をのみながら見つめる虹夜に
背を向けたまま朱夏は言葉を溢す
── 心はそなただけのものだからな…
ただ、その時は言ってくれ
俺は碧(あおい)の肩でも抱いているゆえ…
雨は静かに降り続ける
虹夜の頬が
暖かく濡れてゆく
(了)
