
異彩ノ雫
第16章 intermezzo 巡遊怜人 ~やまとのうたびと
十六夜の月明かりが
雲間に滲む夏の夜
高楼は琵琶の音色に包まれる
━━…儚きものは
朝に零れる葉の白露
夕べに忍びて鳴くひぐらし
そして
闇路にさ迷う叶わぬ想い…
端座する謳い手の
長い黒髪は艶やかに背中へ流れ
涼しげな面差しは ほの白く闇に咲く
━━ そなたの詩は
泉のように心を満たす
言葉を洩らす城の主は
怜人の前に身を横たえ月を眺める
━━ いくさ続きでお疲れなのでしょう
私がこちらに招かれ
三月の間に四たびのご出陣ですから…
怜人の声は細いながらよく響き
主の胸に染みてゆく
━━ 戦の相手方にも守るべき民があり
その義において戦っている…
そう思う時
何やら虚しうなるな
ぼろろんと鳴る琵琶の音が
蝋燭の炎を揺らす
━━ お館さまはお優しいゆえ…
怜人の澄んだ瞳が主を見つめ
口許を綻ばせる
━━ そうしていると
見えぬことが嘘のようだな
むしろそなたには
俺のすべてが見えているような…
呟きのような声とともに
主はふいに身を起こし
━━ この戦も、あとひと度で終わりとなろう
続く言葉に笑みが寄り添う
━━ 太平の世を迎えたなら
そなたと共に旅をするか
ゆるゆると諸国を巡り
珍しきことをふたりで喜ぶ
俺が、そなたの目になるゆえ…
子供のように浮き立つさまは声音に写り
怜人の心も弾ませる
━━ 約束だぞ…
………それが主の最期の言葉
━━ 世が太平を迎えたとて
あなたのいないこの国に
何の意味があるというのか
残された身はただ哀しく
心に刻まれた優しい言葉も
今は涙を流させるばかり
琵琶を携えたどる ひとりの旅路を
風がひと吹き、追い越してゆく…
(了)
