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異彩ノ雫

第23章  intermezzo ネプチューンの祈り




王はすがる声音で友へと告げる
━━ しばし待て!私も共にゆくものを
…そなたが帰らぬ時は何とする

ふたりの胸に幼き日が甦る


幾年か預けられた船の上
海が互いの心を繋ぎ
言葉なくとも胸の内を分け合えた…


━━ …俺の還る場所は
お前のところをおいて他にはない
そもそも
王が自ら出向いてなんとする
安んじて待つがいい

笑いながら立ち去る背中は
もう、届かない

残された王は祈るばかりの夜を迎える


息詰まるような冷たい時間は
ことさらに歩みが遅く…

と、
沖合いに上がる大きな火柱
あたりが一瞬にして昼間の色に染まる

沈みゆく件の船
次々と助け上げられる船乗りたち
港は混乱に包まれる

蒼白な顔で海の方角を睨む王の耳に
小走りに近づく足音
振り向けば胸に飛び込む王妃の姿

━━ …………………!
言葉なくいだき合う二人に
薄紅の風がまとう

震える妃の肩越し
王は友と見つめ合い
溢れる想いに唇が動きかけたその刹那
海の男は踵を返す

呼び止める声を背中で聞きながら
片手を挙げると歩を早める

その目には安堵と少しの寂寥と…
わずかに右足を引きずりながら
胸の熱さに唇を噛み締めた


陽は昇り
一夜を深く眠らせた海は
今静かに目覚めゆく







(了)


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