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楔 ---KUSABI---

第1章 壱・白羽の矢

『お前を先に呼ぼう。そのまま来るがよい。
・・・解るな?』

「・・・はい」

あらかじめ場所を指定されていた訳でもない。
でも何となく解った。

呼ばれている、こと。場所。それは全て、当たり前の話。
そしてそれ以上は、神らしき声はしなくなった。

「・・・花音ッ!!!」

必死に叫ぶ蒼の声・・・が耳障りに感じつつ、
躊躇することなく、部屋を後にする。

部屋の外では、父が、母が、いた。
否、父であった者、母であった者。
一瞬だけ目に留め、それ以上は見ずに歩みを進める。

玄関前で立ち止まり、ドアを見ながら、
巫女になる者が家を出る前に口にする、
定型の言葉を口にする。何故か、それを知っている。

「『わたくしは、今から巫女となる。
今後の繁栄は約束しよう。
わたくしのことは、全て忘れよ』」

「・・・畏まりました」

父であった者が、感情を押し殺した声で定型の言葉を返し、
母であった者が、鈴が付いた紐を両足首に括り付けた。

後は無言で出るだけだ。
と解っていたけれど、言葉を紡いでいた。

「・・・息災で」

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