テキストサイズ

キラキラ

第5章 hungry

「………だめ?」

ダメなわけない。
俺は、こっそり苦笑いながら、首を振った。
大野さんの頼みを、断るわけないでしょう。

「いいですよ。俺が弾けるレベルのなら」

やった。ありがとうと、大野さんは嬉しそうだ。

「えっと。こーいうメロディーの。なんだっけ、キラキラ?」

言って、大野さんは口ずさんだ。

顔も綺麗な人は、歌声も綺麗なんだな。
俺は、思う。

その透き通るような、ハミングは。

「きらきら星?」

「そうそう!そのむずかしいやつ」

難しいやつっていう表現が、そもそも可愛いな。

俺は、クスっと笑う。

「変奏曲ですね……モーツァルトの。…えー………全部覚えてるかな………俺」

弾いたことはあるけれど、暗譜しきれてるか不安だ。頭の中で譜面を開いて、思い出したフレーズを軽く弾いてみる。

大野さんは、わくわくといった顔で、俺の隣にたった。

「ちょっと長いから、間違えるかもしれませんよ?」

「いいよ、いいよ」

念をおすと、大野さんは、軽く首を振る。
俺は、小さく息を吸い込んで、鍵盤に指をはわせた。

「いきます」

何回も繰り返されるフレーズが、時にしっとり、時に可愛らしい曲である。

俺も好きで、ある時期好んで弾いてた。

指は覚えてるもんだな。

意識しなくても勝手に動いた。


夕陽が差し込む音楽室。

好きな人のためにピアノを弾くという、信じられない幸せなシチュエーション。

俺は、すぐそばにいる大野さんの気配を、感じながら、弾いた。

微かに聞こえる大野さんのハミングが心地いい。
このまま、時が止まればいいのに。

本気でそう思った。

………やがて、最後のフレーズを奏で、指をゆっくりと鍵盤から持ち上げる。

俺は、傍らに立つ、大野さんを見上げた。
逆光で、表情がよく見えない。

「櫻井………お前すごすぎ」

しばらく黙ってた大野さんは、ほう………と、ため息をついた。

「………なんとか、覚えてました………」

ふふっと、汗ばんだ前髪を、かきあげる。

「よく、まあ。あんな早さで指が動くな」

「突き指してなかったから………」

俺がいうと、大野さんは声をたてて笑った。

「だな。バスケしてたら、ありうるよな」

そして、ありがとう、と言った。

なんとなく照れ臭くて、俺は、そのままHAPPY BIRTHDAYを弾く。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ