ありがとう
第1章 ありがとう
物心ついた時からずっと一人だった。いや、正確には一人と一匹。
「ただいまクロ」
家に帰ると愛猫のクロを抱き上げて言う。
おはよう、行ってきます……いつもクロに話しかける。母親と父親がいないわけではない。共働きで忙しくて、あまり顔を合わさないだけ。
家は無駄に広い。けど呼べる友達なんて誰一人いない。いつも俯いて、目立たないようにしている。そうやって生きることが私の平穏だから。寂しいなんて思ったことないよ。もう慣れたから。この日常に。
昔、一人だったのは時間がなかったから。母親が私にたくさんのお稽古を習わせていた。ピアノ、塾、習字。遊ぶ暇なんてなくて。そうやって人と話さなかった。だからどう関わればいいのかのか分からない。むしろ、いつも一人だったから今さら誰か欲しいなんて思わない。
「ニャー」
私の癒しは、クロのふさふさな毛を撫でること。可愛らしい顔を見ていること。
餌をあげるとクロは私の手をぺロッと舐めた。
「クロ、また後でね」
もう一度、ひと撫でした後、机に向かった。