原稿用紙でラブレター
第5章 青いハートに御用心
もう何度も来たはずの扉の前。
ちょっと前までは何の気なしに入っていたそこに、今日はいつもと比べ物にならない緊張感と共に足を踏み入れる。
コンコンと軽くノックをしてガラリと扉を開けて。
「…おはようございます!今日からお世話になります、相葉雅紀ですっ!」
言いながら勢い良く頭を下げて数秒。
空気が動いた気配がないことに気付いたのもすぐのことだった。
あれ…?
ゆっくりと顔を上げればそこには誰も居なくて。
朝一番の職員室に誰も居ないなんてことがあるんだろうか。
キョロキョロと辺りを見渡しつつ、ふと目に留まったホワイトボードの月間予定。
そこに書かれていた文字にひゅっと息を呑みこんだ。
やっべ…全校集会!?
うわ体育館かよっ…!
職員室を飛び出して猛ダッシュで体育館へと走った。
着慣れないスーツで走りにくいったらありゃしない。
初日からこんなんじゃ先が思いやられる。
昨日あれだけにのちゃんに意気込んできたのに。
『いよいよ明日からだね、教育実習』
『うん!明日からよろしくね、にのちゃん』
『あ、学校ではちゃんと先生って呼ばなきゃだめだよ?』
『分かってるって!俺だってその辺はちゃんとわきまえるし』
『あと遅刻も絶対ダメ。初日から印象悪くなんないようにね』
『もう大丈夫だって!にのちゃん心配性なんだから』
…って自信満々にLINEしてた昨日の俺をぶん殴ってやりたい。
体育館へと続く渡り廊下を駆け抜け、僅かに漏れるマイクの音が段々と近付いてくる。
ひょこっと窓から顔を覗かせれば男だらけの全校生徒が整列していて。
やばい…
完全に始まってる…
そのまま体育館の外側を静かに通り抜け、風通しの為にか開いていた横の扉からこっそり侵入を試みた。
見知った先生達の背中が並ぶすぐ後ろ、身を屈めて恐る恐る足を踏み入れると。
「えー、ではここで教育実習の先生方をご紹介します」
静かな館内に響いたタイミングの良すぎるアナウンス。
「まずは…相葉雅紀先生」
「…っ、はいっ!」
思わぬ所から発せられた声とそのバカでかさに一斉に視線が集まって。
その中に振り返ったまま驚きの表情で固まるにのちゃんが。
…そんな波乱の実習がいよいよ今日から始まった。