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原稿用紙でラブレター

第5章 青いハートに御用心






背を向けてメガネを外し、ぐいっと手の甲で目元を拭う小さな後ろ姿。


ぐすっと鼻を一啜りしてはぁっと肩を落とすと、背を向けたままぽつり呟いた。


「…ごめん、大きな声出して。今はちょっと…一人にしてもらっていいかな…ごめん」


繋げる言葉は涙声で胸をきゅっと締め付けられて。


居た堪れなくなって一歩踏み出したら、制するように届いた声。


「お願いっ…一人にさせて…」

「っ…」


絞り出したその声に胸を引き裂かれそうになる。


こんなに辛そうにしているにのちゃんを前にして、俺はどうすることもできないなんて。


そればかりか、ここに存在することも許されないこの状況。


言いたいことは山ほどある。


けれどその一つ一つが胸の中で複雑に絡み合って、どれを優先してほどいていいのか分からない。


だから今はその全てを飲み込んで。


吐き出せなくて重くなった体を引きずるように、にのちゃんを残して用具庫を出た。



***



スーツのままベッドにドサッと体を放り投げる。


無機質な蛍光灯の灯りがやたら眩しく感じて両腕で目を覆うと。


視界が遮られ真っ暗な闇の中、焼き付いて離れない先程の光景が瞼の裏に浮かんだ。


堪えるように力を宿した潤んだ瞳。


感情をそのままぶつけてきたような声と。


最後に告げられた諦めにも似た悲しげな声も。


ここ数日、にのちゃんをこんな姿にさせてしまっているのは間違いなく俺。


もちろん俺にだって言い分はあるし、ちゃんと分かってもらえてない部分はたくさんあるけど。


でも、そもそも勘違いさせるようなことをしなきゃいい話なんだ。


今回の知念くんのことだって…


ふいに昨日の居酒屋で翔ちゃんに相談した時のことが蘇った。



『マジ?大野?』

『そう、大ちゃんのことが好きな子が居てさ。今日相談受けちゃって』

『へぇ~、大野もついにモテ期到来じゃね?
つーかさ、なんで雅紀なの?』

『いやそれがさ!あの俺らが卒業した時に1年で居た有岡って覚えてる?』

『あぁあの二宮先生のストーカー野郎?』

『そうそう!あの有岡の後輩らしんだよね、その子が』

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