原稿用紙でラブレター
第1章 原稿用紙でラブレター
息を切らして階段を駆け上り、勢いのままにドアを開ける。
「にのちゃん!」
整然と並ぶ書架の列を抜けると、一番奥の小さなテーブルの前にその姿を捉えた。
「にのちゃ、」
「っ、静かにしなさい」
俺を見つけるなり慌てて人差し指を口元に当てポーズを取る。
「…誰も居ないじゃん」
「そういう問題じゃありません」
「もう…真面目だなぁ」
「当たり前です」
眉を顰めてそう言うにのちゃんに、ふふっと笑ってから姿勢を正した。
「にのちゃん、俺…卒業したよ」
胸元のコサージュをピンと弾いて自慢気に鼻を鳴らす。
「えぇ…卒業おめでとう」
優しい瞳で微笑みながら、俺を真っ直ぐに見つめてそう返してくれる。
…どれだけこの日を待ってたか。
にのちゃんからの返事を聞けるこの日を。
あの日、にのちゃんは俺の改めての告白を受け止めてくれた。
それはつまり、俺と同じ気持ちだっていうことで。
そしてにのちゃんも同じように、俺に伝えようとしてくれてたんだ。
だけど、前日教室で言いかけたその想いを俺が先に掴まえてしまったから。
真面目なにのちゃんはそこで思い留まって、卒業するまでは教師として俺に接するときっぱり言い切った。
だから、言葉としてはまだ本当の気持ちを聞けてないんだ。
「…にのちゃん、」
逸る気持ちが先走って心臓が落ち着かない。
見つめる先の愛しい人は、穏やかな顔で俺を見つめ返していて。
「…随分と待たせてしまいましたね」
そう言うと、テーブルに置いていた一枚の紙をそっと差し出した。
「…課題を返します」
…え?
優しく呟いたその声に受け取った紙に視線を落とすと。
あの日のラブレターが、にのちゃんの赤いペンで添削されていた。
…っ!
思わずにのちゃんを見ると、緩く口角を上げて照れたような視線と合わさって。
これ…
込み上げてくる熱いものを堪えながら、原稿用紙の右端に目線を落とした。