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赤い糸

第5章 ぬくもり


「私あんまり野球好きじゃないし…」

感情を隠すのが苦手なおまえは助手席でいつもよりも小さな声で言葉を紡ぐ。

璃子は車に乗ってから俺と目を合わそうともせず外の景色ばかり眺めていた。

「あんなに楽しみにしてたのに?」

仕事中もそうだった。どこか上の空で身が入ってない感じ。

こんな風にあからさまに態度に示すコイツに何かあったのは明らかだった。

「もう行かないのか?」

「たぶん…」

おまえはアイツが絡むとそうやって喜怒哀楽をきちんと態度に表す。

それはアイツとの記憶をなくしても変わらないんだな。

「たぶん…ってなんだよ。」

「別に…」

本心を隠して首を横に振るおまえ。

無駄に大人になってしまった俺は、この間アイツに正々堂々と奪うと啖呵を切ってしまっている。

本当なら力ずくでもおまえを傍においておきたいけど

「行けばいいじゃん。また行ってこいよ。」

年はとるもんじゃねぇな。

「だから…」

何があったのか知らねぇけど素直になれないみたいだから

「俺も忙しくてかまってやる時間ないから野球の兄ちゃんたちに鍛えてもらってこい。」

「だから私は野球はあんまりだって…」

ホント、おまえはバカだな。

「行きゃ手伝いだってあるだろ。そこで美紀ちゃんに習って少しはオンナ磨いてこい。」

記憶喪失になる前はマネージャーみたいなことしてるって言ってなかったっけか?

「なにその言い方!」

「ハハハッ。」

やっと向けてくれたこの膨れっ面が何よりも好きだったりする。

それは俺だけじゃないはずだ。

アイツだってこのクルクルと変わる表情に心奪われたに違いない。

「でも達也さん?暇になったら…その…」

璃子は俺のモノのようで俺のモノじゃない。

「わかってるよ。時間できたら連絡するから。」

本音を言えばこのまま思い出さないでくれと願う。

「行きたいとこ決めとけ。」

「うん!やった!」

治療の一貫という酷な役回りを神様から任命されたのだからしょうがない。

「ほら着いたぞ。」

「はーぃ。」

じゃあね!と手を振る璃子をバックミラーで確認する。

「俺は何をやってるんだか…」

さっさと既成事実を作ってしまえばいいものを

「キスも出来ねぇってどんだけだよ。」

惚れた弱味ってとこだな。

今夜もまた自分の不甲斐なさに溜め息すら出ねぇ夜だった。

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