赤い糸
第5章 ぬくもり
「ハァ…」
達也さんの車のテールランプを眺めながら手を振る私は何故だろう…変に安堵していた。
「…ただいま。」
「おかえり~。」
ママの顔も見ずに自分の部屋へと続く階段を昇り
「ハァッ!」
今日一番の大きな溜め息をついてベッドにダイブする。
「どうなってんのよ…」
先週までの私は彼に触れてもらえないと心を悩ませていていたのに
「ワケわかんない…」
野球観戦をしたあの日から私の頭のなかは別の誰かばかりを考えてしまう。
あの日、私の目の前に焚かれたフラッシュのような光は今朝も私の視界を遮った。
油断をすると閃光が走るように一瞬だけ見える情景
「なんなんだよもう…」
始めて見たのはカーテンレールに干された真っ白なYシャツたち。
昨日映し出されたのは靴があっちこっちに脱ぎ捨てられた玄関らしき場所。
そして今朝 洗面所で歯磨きをしていたときに遮った 洗濯されるのを今か今かとを待っているであろうシャツの山。
どれも見覚えのない情景に私は頭を悩ませていた。
知っている場所ならともかく知らないその景色のせいで毎度襲われる頭痛の嵐。
その痛みにもだいぶ慣れてきたけど、ある条件が重なると痛みが自然と緩和されていくことに気付いてしまった。
「何で京介さんなんだろ…」
それは痛む度に目をギュッと瞑ってしまう私の瞼の裏に登場する。
あの大きなマメだらけな手に触れてみたいと思ってしまった彼…
「意識しすぎかなぁ。」
ピンク色のハートのクッションを胸に抱き縮こまる私はこの現実をなかなか受け入れられないでいた。
だって私には達也さんがいる。
異性が苦手な私の心にスッと入り込み仕事でもプライベートでも私に寄り添ってくれる。
もともと口が悪くズケズケとお構いなしに私の心に踏み込んだっていう方が正しいのかもしれないけど…
それでも異性が苦手な私にはとても助かっていた。
「ここからなんだよな…」
しかし、何度思い出そうとしても不思議なことに彼との馴れ初めがここでピタリと途切れてしまう。
綺麗なドレスを着て学会に同行したり夜景の綺麗なレストランで食事をしてりっていう画はすぐに脳内に浮かび上がるんだけど
「私どうやってキスしてたっけ?」
付き合っていれば当然のシチュエーションが何一つ思い出せない私は彼女失格なのかもしれない。