赤い糸
第5章 ぬくもり
「やっぱ帰る。」
子供のようにワガママを言い放つ私に美紀は溜め息を漏らす。
「いい加減にしなさい。」
渋々ながらも自分の意思で直也さんの車に乗ったのに
「いつまでダダこねれば気がすむの?」
球場に着いてからかれこれ20分、後部座席から私は降りようとはしなかった。
「だって…」
こんな状況の私を見て直也さんは早々にグランドへと行ってしまっていた。
面倒臭い極み。
美紀はドアの前で仁王立ちしながら
「帰ってもいいから一度車から出なさい。」
わかってる。わかってるんだけど…
「ちょっと待ってよ…」
どうしてもその一歩が踏み出せないでいた。
その理由は最近の私の脳内での出来事。
車から降りれば脳内に現れる人に会ってしまうってこと。
ここまで来て何を言ってんだと怒られるは目に見えてるんだけど…
「もう、怒るよ!」
「怒ってんじゃん…」
バックを胸に抱えて俯き背を丸める私は本当に面倒臭いオンナなのである。
「もう知らないからね。」
美紀が呆れたように溜め息をつくと
「あれ…」
「…璃子ちゃん?」
…え?
「なにしてんの?」
もっと早く車から降りてればよかった。
「早く出ておいで。」
そうしたら会わなくてすんだかもしれないのに…
優しい声で紡がれる言葉に私の胸の鼓動は一気に跳ね上がる。
今振り向いたら彼はきっとスゴく優しい顔をしてるんだと思う。
「璃子…おいで。」
…呼び捨て?
たぶんこれがトドメだったんだな。
不意に呼び捨てにされたことで頑な心が溶かされる。
ゆっくりと体の向きを変え地面に足をつき、小さく息を吐いてから顔をあげると
「おはよう、璃子。」
京介さんは屈み込んで私の瞳を覗き込んだ。
「お…おはよう…ございます…」
バックを胸にギュッと抱いてすぐに目を逸らしてしまう私
まともに顔なんか見れるわけもない。
だって目を閉じればその優しく微笑んだあなたが瞼の裏に映し出される日々を送っていたんだから。
「よし!行くぞ!」
京介さんは踵を翻しスパイクの音を鳴らしながら歩みだす。
…あ
その瞬間に差し出されたように見えたマメだらけの左手
思わず駆け出して掴みそうになってしまうけど
…バカ!何やってんだアタシ!
なんとか我にかえった私の心臓はさっきよりもバクバクと胸を叩いていた。