赤い糸
第5章 ぬくもり
すげぇ悩んだ。
マジで悩んだ。
「どうすっかなぁ…」
夏樹さんの店に連れて行くか散々悩んだけど、コイツが構えちゃうんじゃないかと思って
「何と何で悩んでるんですか?」
「サバの味噌煮としょうが焼き。」
連れてきた店は初めてコイツと昼飯を食った壁一面にメニューの札が張り巡らされている俺の行き付けの定食屋。
女を連れてくるにはどうかと思うような寂れた店だけど、今の俺たちにはこっちの店の方がしっくり来る感じがして暖簾をくぐった。
「どっちも捨てがたいですね。」
いつかのあの日もこの店で確かこんな話をしたっけな。
結局、俺がしょうが焼きで璃子がサバの味噌煮を頼んで分けあってスペシャルな定食を食ったっけ。
でも、おまえはあの日のことを覚えてはいない。
「決めた?」
「まだ悩んでます。」
首をあっちこっちに向けながらすべてのメニュー札から真剣に本日の1品を見極める。
「よし、俺は決めた。サバの味噌煮にする。」
「サバの味噌煮ですか…どうしよう…」
璃子は優柔不断でなかなか決められない。だからいつもこんな調子だったよな。
さて今日は何を選ぶのか
それは新鮮でもあり頼ってもらえないことが寂しくもあったけど
「決めました。」
散々悩んだ挙げ句の最終決断は
「私がしょうが焼きを食べます。」
胸を張って意を決したようにあの時とは反対の定食を宣言しやがった。
おまえってヤツはホント…
「そうすれば京介さんもしょうが焼き食べれますよね?」
同じ発想しやがって。
「分けてくれんの?」
「要りませんか?」
右に頭を傾けながら微笑むおまえが可愛いったらありゃしねぇ。
「じゃ、遠慮なく。」
何にも覚えてねぇくせに体のどこかにコイツは俺との日々を刻み込んでいたのかな。
「はい、お水どうぞ。」
「サンキュ。」
気付けばいつの間にか俺と普通に会話を楽しむおまえ。
「いつもここに来るんですか?」
相変わらず敬語のままだけど
「俺独り暮らしだから。」
「独り暮らしですか。それじゃあ大変ですね。」
そして あの日と同じような会話が始まるけど
「今度遊びに来てよ。」
「わ…私がですか?」
あの日と違うのはお互いの関係…
「もちろん美紀ちゃんたちとね。」
「ですよね…」
俺はおまえの彼氏なのに彼氏じゃないってこと。