赤い糸
第5章 ぬくもり
捕まれた瞬間、時が止まるかと思った。
「璃子…」
なぜ私は手を差し出してしまったのだろう。
暖めて欲しかったから?それとも綺麗な夕陽を見せてくれたから?
…違う
単純に私がこの大きくてマメだらけな手に触れたいと思ったからだ。
じゃあどうして京介さんは私の手を掴んだの?
「…小せぇな。」
私の両手は今 彼の掌の中に優しく包まれている。
それはどこか懐かしいぬくもりで溢れて心の中まで暖めてくれるほど。
「京介さんの手が大きすぎるんですよ。」
マメだらけの手は思っていた通り少しゴツゴツとしているけど、指先は長くてまっすぐに伸び色香さえも漂っていた。
「いいや、おまえの手が小さすぎるんだよ。」
握りしめられた手が何かを願うように京介さんの額に添えられると彼は目を瞑り
「体…もう大丈夫なのか?」
「は…ぃ。」
「頭痛は?今我慢してる?」
「してま…せん。」
「そか…第一関門突破だな。」
京介さんは微笑むとそっと撫でてから手を離し屈み込んで
「腹減ってない?」
「はぃ?」
さっきまでのあの色香はどこへやら。
京介さんは私の鞄を持ち上げると
「よし!飯食って帰るぞ。」
「はぃぃ?」
そう言ってそそくさと階段へと歩き出した。
「ご飯?…私と?…何故ゆえに?」
不思議な時間だった。
私はさっきまで包み込んでくれていた両手を握りしめ彼の掌の感触を思い出す。
久しぶりに誰かに包み込まれた手は冷たくて真っ赤だったのに今は彼のぬくもりに触れてサクラ色。
「置いてくぞ~!」
「い…今行きます!」
駆け足で彼の背中を追いかける。
その背中はいつも見ている背中よりも大きくて逞しい。
…いいのかな
達也さんに申し訳ないという気持ちが芽生えるけど、舞い上がってる私に都合の言い言葉が頭をよぎる。
…一期一会
そう、一期一会。
私の心の中が動き出した。
これは裏切るんじゃない…心の赴くままに素直に歩むってこと。
ずっと出来なかったこと。
ずっと躊躇っていたこと。
「璃子!遅い!」
「はぃっ!」
今朝、名前を呼び捨てにされたことで動き出した感情
どういうわけか大切な人との馴れ初めは思い出せない私だけど
「お待たせしました!」
この夕陽と一番星が輝く空の下の出来事はどんなことがあっても忘れることはないだろう。