赤い糸
第9章 想い
璃子が俺に触れてたことによって ずっと心のなかでもがいていた迷いが消えた。
「…。」
溢れるように吐き出てしまった心の声に璃子は瞳を大きく揺らす。
「ゴメン…」
咄嗟に掴んでしまった小さな手をテーブルに押し付けるように握りしめる。
おまえは記憶を無くす前、俺のマメだらけな手が好きだと言ってくれた。
けどな 俺の方こそ小さくて柔らかなこの手が堪らなく好きだった。
それは、触れると俺まで心が優しくなったような気がしてたから。
その小さな手が俺の頬に一瞬触れた。
忘れかけてた感触…でも忘れてなかった感触…
すげぇ嬉しかった。
それなのに
「…そんなこと言ったらダメですよ。」
璃子は俺の手から自分の手を引き抜くと
「彼女さんが寂しがりますよ。」
声を震わして無理して笑った。
「彼女?おまえ何言って…」
「隠したってダメですよ。私、球場で彼女さんから聞いたんですから。あんな素敵な人を裏切ったらいけません。」
大きな瞳から今にも落ちそうな涙を隠すように璃子は隣の座席に置いてあるバックを手にすると財布を出して
「ご馳走さまでした。お会計お願いします。」
夏樹さんに声をかけた。
何が何だかわからない俺はただ呆然とその光景を眺めている。
俺に彼女がいるって?
綺麗な人?
パニック状態の頭のなかを必死に一つずつ整理していく。
…落ち着け
そして ひとつの仮説が生まれる。
璃子が俺たちに何も言わずに帰った理由…
…くそっ!またアイツか!
答えはこれしかない。
「違う…違うんだ!」
俺はおまえに一度だってウソをついたことはない。
「待て!」
…ガタンっ
「だから…何で全部忘れてんだよ。」
立ち上がってバックを持った小さな体を後ろから抱きしめる。
「忘れんなって。」
夏樹さん ありがとう
「頼むから…俺のことだけは忘れないでくれよ…」
この店を貸し切りにしてもらってよかったよ。
「頼むよ…」
だってこんなオレ誰にも見せられない。
「好きだ…」
伝えたい言葉はこんな軽い言葉じゃないのに
「俺は璃子が…」
「離してください…」
届かない想いが璃子の体を苦しめる。
でも、何度だって言うよ
「離さない。」
「離して…ください…」
「俺は璃子だけを愛してる。」
伝わるその瞬間まで…