赤い糸
第9章 想い
目の前に差し出されたのは
「アフォガード…」
「そうだよ。うちの店一番の人気メニューだよ。」
そう言うと夏樹さんはバニラジェラードの上にエスプレッソをゆっくりと回し入れた。
「さぁ溶けないうちにどうぞ。」
真っ白なジェラードとエスプレッソがゆっくりと融和していく様子を眺めながら
「…いただきます。」
エスプレッソが溢れないようにゆっくりと口に運ぶ
「…美味しぃ。」
何故だろう。冷たいジェラードを食べたはずなのに
「美味しいですね。」
…胸が熱くなる。
「うちのアフォガードはね、恋の味なんだよ。」
それと同時に涙がポロポロと溢れていく。
「どっちが欠けても多くても成立しない、二つで一つの味なんだ。」
夏樹さんの声色からして 私はこのお店でアフォガードを好んで食べていたんだ。
「相反するもの同士が交わってさらに深みを増す。まるで恋人みたいだろ?」
きっと、今日口にしたお料理どれもが私のお気に入りのものだったのかもしれない。
「…ゴメンナサィ。」
それなのに…
「…ゴメンナサィ。」
さっきと同じ、思い出さなきゃいけないのに思い出すことが出来ない。
「謝るな。」
京介さんはスプーンを取り上げると私の頬に両手を添えて
「だから、いいんだって。」
マメだらけな親指で私の涙を拭ってくれる。
「いつか思い出す日が来るよ。」
どうして…私はあなたのことを忘れてしまったのに…
「いつか…っていつですか?もしそのいつかが来なかったらどうするんですか?」
困らせてばかりの私に優しく微笑んでくれるの?
「一生…京介さんのこと思い出せなかったら…私はどうやって生きていけばいいんですかっ…」
お客さんが誰もいない店内で感情をすべてさらけ出して声を張り上げる私って
…ホントにバカだ
でもね、京介さんは優しいから
「おまえはホントに…面倒くさいヤツだなぁ。」
そんな私を子供をあやすように抱きしめてくれる。
記憶を無くす前もきっと私は京介さんに甘えてばかりだったのだろう。
でも…それでも彼の背中に腕を廻せない私の額に
「なぁ…璃子。」
あなたの額が重なる。
そして…私と違って大きな心の持ち主の彼は
「もう一度俺たち…はじめないか?」
こんなどうしようもない私を
「一緒にいよう。」
まだ求めてくれていた。